□a promise
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「まぁ、確かにあの件は馬鹿をしたと思ってるよ」
急に喋りだした土方に驚いて男は動きを止めるが、また笑みを浮かべながら座り直した。
「おや、解ってるじゃないか」
「あぁ、馬鹿じゃねぇからな」
「飼い犬が飼い主の手を噛めば蹴られる事くらい、その辺の餓鬼でも解るからねぇ」
はは、と笑い声をあげる。
完全に油断しているのを確認して土方は心を決めた。

「だが、蹴られてもその牙を離さねぇ飼い犬もいるもんだぜ」

言うが早いか、左足でおもいきり目の前の男の股を蹴り上げる。
一声呻いて男が倒れると全身のバネを使って起き上がる。
しかし足を踏ん張った瞬間激痛が走り眩暈を起こしたたらを踏む。
そこを小脇の男が蹴りこんだ。
再び倒れて側の木に全身をぶつけ、一瞬意識を失いかける。
全身で息をつき、立ち上がろうと顔を上げると目の前に刃を突き付けられた。
月が男の少し疲労した顔を照らし出す。
相変わらず薄笑いを浮かべてはいるが額に汗が光っている。
「…まさか、まだ動くとは思わなかったよ」
「ふん」
鼻で笑うと土方は無傷の方の左手を懐に入れる。
男が焦って刀を鳴らす。
「心配すんな、ただの煙草だ」
一本くわえるとライターを取り出して火をつけようとするが手が震えて上手くつかない。
男はじっとその様子を観察する。
「…警戒すんなよ、もう動かねぇよ。煙草吸うのがやっとだ」
「君は何をしだすかわからんからな」
ようやく火が点く。
煙を吸い込んで深く息をつく。
その様子はまるで平生の彼のようだが傷口からは血が流れ続けている。
血が流れ始めてだいぶ時間がたっているのでもう視界もぼやけて来ていた。
――流石にもう無理だな。
利き腕と足が動かない、刀が無い、血が足りない上に目の前に刀を構えられては策の練りようがない。
もう既に傷の痛みも感じなくなっていた。
虫の声がうるさい。
「あいつらの具合はどうだ」
「さっき見た限りでは命に別状は無さそうでした」
「じゃあ、ダラダラくたばってないで早くこっち来いって言ってこい。真選組の副長がくたばる瞬間を拝める機会なんざもう無いぞ」
「とどめ刺さないんで?」
「放っといたら死ぬ。わざわざ死期を早めてやる必要も無いだろ。優しさだよ優しさ」
笑う声が遠く響く。
――やっぱ、こいつ馬鹿だな。
薄れゆく意識の中でぼんやりと思う。
――また油断してやがる。
土方に向けていた刀を既に腰に収めている。奇襲をかけるには絶好の機会だが既に手足の感覚は無く、指一本も動かない。
おまけに先程から異様な寒さを感じている。
――寒ぃ…夏だってのに何だよクソ。


「トシ」


低く、男の声が響いた。
その声は近藤のものだ。だが近藤がここにいるはずがない。


「知ってるか?人間て死ぬ時は物凄い寒いらしいぞ」


――あぁ、あん時の…。
思い出して僅かに微笑む。
彼等が真選組を作って間もない頃の近藤の言葉だ。
――昔の事を思い出すなんざ、俺らしくもねぇ。
しかし寒さから気をそらす事は出来た。

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