□a promise
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土方は気配を感じながらも平生を装って歩き続ける。
――今、ここで相手をするとやっかいだ。
周りに民家がなく、灯が無い上先程の雨で地面がぬかるんでいる。
気配からしておそらく相手は二人、またはそれ以上。
暗闇で視界が悪い中で数人を相手に無傷で帰れるとは流石の土方も思わない。
――あと少し。
あと少し歩けばぬかるみからは脱出出来る。
その思いから少し速度が速くなる。
気配が動いた。
土方の思惑に気付いたらしい、行く手を塞ぐ為姿を現した。
「真選組副長、土方か」
右手の方向から声がするが、姿は見えない。
土方は沈黙したまま歩を止めて人数を探る。
――右手に二人、前に一人、左手に一人。
息遣いや泥を踏む音でそう予測をつける。
逃げるには後ろに向かって走るしかないが、敵数人に背中を向けてぬかるみを走って逃げ切る事は出来そうにない。
――さて、どうしたものか。
じっと相手の出方を伺う土方に先ほどの声が問い掛ける。
「その沈黙、答えと取ってよろしいか」
僅かに刀の鍔が鳴った。
組んでいた腕を解いて土方も腰の刀に触れる。
「だとしたら何だ」
「御免」
右手から斬り掛かってくるのを一歩下がって躱すと左手の男が切り掛かってきた。
素早く刀を抜くとその左手に斬りつける。
それを躱そうと腕をひいた相手の胴を払って左へ駆ける。
――とにかく、ぬかるみを出たい。
足場が滑り、うまく踏み込めないのだ。
しかしまだ出ない内に前方にいた男が斬りかかってきた。
それを刀で受けるが、刀が重い。
相手は土方よりも四貫はありそうな大男で、刀の押しが強い為、少し腰が退ける。
「そのまま封じてろ!」
脇から二人駆けて来た。
おう、と応えると男はさらに力をかける。
――このままじゃ斬られる。
何とか押し返そうと力を込めると、ぬかるみに足を捕られて倒れ込んだ。
隙を逃さじと振り下ろされた刀を仰向けになりながら防ぐと火花が散った。
何とかして体制を立て直そうともがく土方を男が踏み付ける。
ひゅっ、と喉が鳴って全身の酸素が吐き出され、衝撃に刀を手放してしまった。
男の刀はそのまま土方の右肩を突いた。
痛みに声を上げかけるが、歯をくいしばって耐えた。
「押さえてろ」
先ほどの二人の内一人が脇に屈み込み土方の顔を覗きながら、
「よし、確かに土方だ」
と呟いた。
「人は」
「来ません」
少し離れた所から声が返った。おそらく見張り役なのだろう。
肩からの出血が酷く、斬られた所が異常に熱い。
――刀に何か塗ってやがるな。
土方や他の隊士達はしないが、毒を塗った刀で相手を斬る人間もいると聞く。
刀で斬られた事が無いわけではないから、この肩の異常な出血と熱からそう予測をつける。
――卑怯な野郎だ。
すっ、と目を細めて男を睨む。
「変な男だなあんた」
笑いながら小脇の男が土方の刀を回収する。
「今、己の命が奪われようとしているというのに敵のやり口の批難などしている」
「されたくなかったら最初から普通の刀で斬りかかって来ることだな」
「それは出来ない。あんたに勝たなきゃならないからな」
「多勢に無勢で来ておいてか」
「保険だよ。なんせ相手は鬼の副長様だ」
土方の刀を遠くへ放る。
「何が起こるか解らない」
右足に激痛が走った。
見ると男の刀が深々と刺さっている。
「逃げられては困るんでね」
へらへらと笑うと男はその場に座り込んだ。
利き腕と踏み込み足を潰したから安心したのだろう。
男は酔ったように話続ける。
「真選組は今まで忠実に幕府の犬として働いてきたのに、何でここへ来て逆らったんだ?逆らったら睨まれる事くらい解るだろうに」
――煉獄関がらみか。
確かに、あの一件は幕府に反抗したものであるから、何らかの咎めは来るだろうと思っていたが、いくら待っても何も来なかったので忘れてしまっていた。
――しくじったな、お偉方が何もして来ねぇはず無ぇのに。
内心毒づいて男の様子を探る。
男は完全に土方が動けないと決めこんで、喋り続けている。
――こいつぁ馬鹿だな。
標的を捕らえて人目も無いのだから手早く始末すればいいのに自分の策が上手くいった事に浮かれてダラダラと時間を費やしている。
男だけではない、土方の腹に足を置いている男も、土方からの反撃は無いと見て足の力を緩めている。
――こんな馬鹿共に殺られるわけにはいかねぇ。
少し呂律が回らなくなってきた舌を何とか動かせて声を出す。

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