Short Storys

□君に触れる手
2ページ/3ページ

涼しかった体育館裏から、上機嫌に夕陽はグラウンドへ向かう。
グラウンドまでの道のりは、人もあふれ、色とりどりの敷物やパラソルが目を引く。
生徒の兄弟たちなのか、キャイキャイと遊ぶ小さな子供達の姿が目に入った。
グラウンドには半円形に並ぶ、各クラス各チームの応援旗がゆらゆらとはためいている。

夕陽は歩きながらブンブンと水筒の入った袋を回した。

ゴキィ!!

「ん?何の音?」
夕陽はピタッと立ち止まり、くるりと後ろを振り返った。
視線を下に向けると、脇腹をおさえてうずくまる男子生徒がいた。
「ちょっと大丈夫?」
夕陽は男子生徒に視線を合わせ、しゃがみこむ。
「あれ?姫野くん、何やってんの?」
姫野は無言で夕陽を睨む。そして夕陽の持つ袋を指差した。
夕陽の視線が袋に向けられ、そして固まる。
「あー、もしかして、当たった?」
姫野無言でコクリ。
……
……
「ごめん!許して!!」
夕陽はパンと音を立てて手のひらを合わせ、深く頭を下げる。
「……いいよ」
しばらく夕陽をじっと見つめ、何か思いついたように、にやりと笑った。
「ジュースおごってくれたらね」
姫野は夕陽ににっこりと微笑んだ。


―ガコン!!
自販機の前に二人は並びボタンを押す。
体育祭中の校舎内に人気は無く、あたりは静まりかえっていた。
夕陽は落ちてきた缶を取り出し口から取り出すと、姫野に差し出す。
「えっ?」
だが姫野は缶を受け取らず、夕陽の手を掴み、ゆっくりと自分の顔へと近づける。
缶は姫野の頬に当たり、缶の冷気で姫野の頬に水滴がつく。
姫野が夕陽に合わせ、少しかがんでいるため二人の顔はすぐ近くにあった。
「つめてー」
姫野が夕陽から目を離さず、微笑んで言う。
「あの…え…えっと…」
夕陽が手を戻そうとするが、思ったより姫野が力を入れているため離れることができない。
そのまま二人はしばらく見つめあう。
夕陽は戸惑い、姫野は口元を微笑ませ…


亮太は校舎内を片足を少しひょっこひょっこさせながら走っていた。
午後の競技の準備中、風に飛ばされた応援旗をよけたところまでは良かったが、その後グラウンドの端っこにあいていた穴につまずいてこけた。そのときとっさに受身を取ったので大事には至らなかったが、足の広範囲に擦り傷を作ってしまった。
―あれ〜、あいつどこにいったんだ?午後から救護のはずなんだが…
亮太はある人物を求めて救護センターの前を通るが、捜し求める人物がいない。キョロキョロとしていると、さつきが声をかけてきた。
「速水先輩。どうされたんですか?…夕陽なら校舎内に入ってくの見ましたよ?」
振り返った亮太にさつきはニヤリと笑った。
音が聞こえるくらいに、ボンと亮太の顔が赤くなる。
「なっ…何で、あいつが出てくんだよ!」
「え〜?言って欲しいですかぁ?」
亮太は顔を赤らめたまま、無言で睨む。
「…とにかく、行った方がいいかも知れませんよ?」
「どういうことだ?」
「姫野と入っていきましたから」
「…今頃コクられてるかなぁ。ってもういないし」
亮太は姫野の名を聞くと、ケガのことも忘れ、ダッシュで走る。
慌てて校舎内に駆け込み、手当たり次第に走った。
バスケ部で鍛えているが、さすがに息が上がってきた。しかもケガのせいで思うように走れない。
「…くそっ。こんなときに!」
―どこに向かってたかくらい聞くべきだったな。全校舎回るのは無理がある…
亮太は立ち止まりぐるりと見渡す。
無人の廊下が広がるばかり。
と、カタンという物音が購買部の方からかすかに聞こえた。
亮太はその方向へ走る。
その方向へ向かう間、夕陽の顔が亮太の思考をかすめる。そして姫野に関する噂も。姫野は夕陽と同学年で、顔も良く、なんでもそつなくこなすことで有名だ。女子達が騒いでいるのを幾度も見ていた。そして、その姫野が夕陽に思いを寄せているだろうということも、幾度も聞いたことがある。亮太もそのことに気づいていた。夕陽と何かにつけ一緒にいる姫野。亮太と夕陽が話しているところに横から入ってくることなど、数え切れないほどある。
「…そしてあいつはそれに全く気づかないんだ…」
亮太は深くため息をつく。
そのとき人の話し声が小さく聞こえた。
亮太がその方へ顔を向けると、学食を挟んだ廊下の向こう側に夕陽と姫野が並んでいる姿が見えた。
二人は向かい合い、お互いを見つめている。
「ちっ」
思わず亮太は舌打ちをする。
ジュースの缶など見えない彼には、夕陽が姫野の顔に自分から手を伸ばしているように見えた。
「っ。…こぉら!姫野ー!!召集の仕事はどうしたー!!」
亮太はぐっと拳を握り締め、学食の向こう側に向かって叫ぶ。
その声に夕陽はびくりと振り返り、姫野は静かに振り返る。
ジュースの缶がカラカラと二人の間に落ちた。
亮太はギリッと拳に力を入れ、学食内に一歩踏み込む。
「速水先輩。びっくりするじゃないですか。そんな大声を出して」
一歩一歩、片足をひょこひょこさせながら近づいてくる亮太を見とめ、姫野が口元だけ微笑んで言う。
亮太はそれに答えず二人の元まで歩き、二人の前で止まった。
「早く戻れ」
亮太は冷たく姫野に向かって言い放つ。
姫野は口元の笑みを絶やさず、口先だけで謝罪しジュースを拾い上げるとその場を離れる。そのとき夕陽を振り返って微笑みながらジュースの礼を言った。
亮太の横を通り過ぎる際に「負けませんよ」と言い、不敵に笑って離れるのだった。
冷たく姫野を見送った後、亮太はもう一歩夕陽に近づく。
夕陽はいつもと様子の違う亮太に恐れを抱き、一歩後ろに下がった。
じっと亮太の視線が夕陽を捕らえる。
夕陽はその視線に耐えられず俯いた。
ふと亮太の右足のふくらはぎが、赤く擦り剥けているのに夕陽は気づいた。所々出血している箇所も見られる。
「亮太先輩!足!血!」
夕陽が慌てて単語のみを発する。
亮太はその言葉に自分の足を見、それから夕陽を見る。
「うわ〜。先輩これすごいよ?」
夕陽は亮太の足元にしゃがみ、右足にそっと触れる。
その動作に合わせ、夕陽の髪がさらっと背中を流れて首筋が見えた。亮太はそっと片手で夕陽の髪をなでる。
ピクっと夕陽は顔を上げる。
切なげに揺れる亮太の表情。
亮太は右足に触れる夕陽の手をきつく握り、引っ張って立たせるとそのまま校舎内を歩き始める。片足をひょっこひょっこさせながら、それでもかなりの早足で歩く。夕陽はそんな亮太の背中を困った、そして不安げな表情で追いかける。
―ガラッ
亮太は勢い良く保健室の扉を開くと夕陽の手を離し、丸い椅子にドカッと座り足を投げ出す。
保健教諭は体育祭のため、救護センターに詰めており、保健室内には誰もいなかった。
夕陽は入り口のところで立ち尽くす。
「お前、救護だろ。手当てしろよ」
夕陽に向かっていつもの口調で言う。
…まだ表情はどことなく不機嫌だが…
夕陽はクスリと笑うと、保健室の戸棚から消毒液などを取り出す。
亮太は夕陽の背中を見ながら、話しかける。
「…姫野のこと好きなのか…?」
夕陽はゆっくりと振り返るとふっと微笑み、物品をワゴンにおいた。そして消毒液を浸した綿球をピンセットで取り出す。
「どうしてですか?」
ピトッと綿球が傷口に当てられる。亮太は少し顔をしかめた。
「あ、痛かったですか?」
「ふん。平気だこのくらい」
いつも通りの亮太の様子に夕陽は微笑む。
「で、どうしてですか?」
亮太はじっと夕陽の手元を見る。
「…さっき、姫野に触れていただろう?」
亮太はじっと夕陽を見た。
そして手を掴む。
先程、姫野に握られていた手を。
かしゃんと高い音を響かせて、ピンセットが保健室の床に落ちる。
夕陽はフッと笑った。
亮太の顔が不機嫌になる。
「あれは、ジュースを渡したらああなっただけで…」
亮太が無言で夕陽を見る。
「深い意味はありませんよ」
「……そう思っているのは、お前だけじゃないのか?」
夕陽の答えに亮太は切り返すが、夕陽の頭の上には?マークが飛んでいる。
亮太は小さくため息をつくと、そっと夕陽の手を離す。
どこまで鈍いのか…どこまで自分の心を振り回すのか…きょとんとした夕陽の顔を見て、亮太はため息をつくのだった。
「戻ろう。そろそろチーム対抗だろ?」
「そうですね。あっ。でも待って下さい!」
亮太が立ち上がるのを、夕陽が亮太の体操服を引っ張って呼び止める。
「足。テーピングしなきゃ。先輩止めてもチーム対抗出るつもりでしょ?」
上目遣いの夕陽に亮太は顔を赤く染める。
そんな亮太を再び椅子に座らせると、夕陽はテキパキと仕事を終わらせるのだった。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ