Short Storys

□桜恋
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はらはら…はらはら…
思い返せばひとめ惚れだったのかもしれない。
それほどまでに先輩の印象は、私の中に鮮やかに刻まれた。

入学式後、私とさつきは二人で第二体育館へと向かう。
第二体育館では入学式当日にもかかわらず、バスケ部の練習が行われている。
第二体育館へ近づくにつれて、ボールの弾む音や掛け声、指示を出す声などが聞こえてきた。
「じゃ、開けるよ?」
さつきが体育館の重そうな鉄の扉に手を当てて、私を振り返る。
私は無言で頷いた。
キュ…
扉がゆっくりと開く。
そのとたんボールの音や中の声が鮮明に聞こえ出す。
ダンッダンッダンッ
キュイッ
「おいっ!こっちだ!」
パン!
ダンッダンッダンッ
ザンッ
「ナイッシュー」
「速水、よくやった〜!!」
コートの中を駆け回る、速水先輩の姿が見えた。
他のチームメイト達に囲まれてその真ん中で、楽しそうに笑っている。
「あれ?君ら新入生?」
ぼーっと二人で扉のところに立ってみていると、扉の近くにいた上級生が声を掛けてくれた。
その先輩は、細身の長身で女の人みたいにキレイな顔立ちをしていた。
「はい。少し見学してもいいですか?」
私はその先輩に向かって微笑んで言う。
「いいよー。マネージャー志望?」
先輩は手招きをする。
二人で入り口のところに靴を脱いで、中に入った。
他の先輩達の視線が集中する。
「うおおおおおお!!」
「女の子だぁ!!」
先輩達が一斉に叫ぶ。
ビクゥッと二人でびっくりする。
「こら!驚かせてどうする!!いいとこ見せとけよ〜!!」
「おっす!!」
案内してくれている先輩がコートに向かって怒鳴る。
それに先輩達が一様にビシィっと答える。
「驚かせてごめんね。うち今マネージャーいなくって、みんな女の子に飢えてるから」
先輩が私達を振り返って微笑んだ。
「あ!お前!!」
速水先輩が私を指差して、駆け寄ってきた。
「なんだ?速水知り合いか?」
キレイな先輩がにやっと笑って速水先輩に聞く。
「春休みにちょっと」
「ちょっと〜?」
速水先輩に他に話を聞いていたチームメイトが詰め寄る。
「うわっ。ちょっと先輩達怖いですって」
「何がだっ!!」
「詳しく話せ!!」
速水先輩がみんなに、もみくちゃにされていった。

「ごめんな。なんか無理やりマネージャーにさせたよな…」
その後、もみくちゃにされながらもマネージャーに勧誘したことを話し、もうその場で盛り上がって、私達二人がマネージャーになることが決まってしまった。
「いえ。私、なるつもりだったのでいいですけど…」
私はちらりとさつきを見た。
「私もかまいませんよ。特に入りたい部活も無かったし。…この子一人にしてたら、大変なことになりそうだし」
さつきが最後にニヤッと笑って言った。
「もぅっ。さつき!」
私がぺちっとさつきを叩こうとするのを、さつきがひらりとよける。
「ぷっ。仲いいなぁ〜。お前ら。じゃ、これから頼むな」
速水先輩が苦笑しながら言った。
私とさつきは声を合わせて返事をするのだった。


それからの日々はあっという間に駆けていった。
一緒に過ごす時間が私の中にはらはらと降り積もり、彼のことで胸がいっぱいになった。


タオルや飲み物を渡したときの笑顔やバスケに対する情熱、ボールを追う真剣なまなざし。
時折見せる弱さまでも…
呼び方も“速水先輩”から“亮太先輩”になって…先輩も私のことを“夕陽”と呼んでくれるようになった。
…でも結局気持ちは伝えられないまま…今日先輩は卒業する。



はらはら…はらはら…
出会った頃と同じ様に咲き誇る桜の木。
ふうわり吹いた風が私の髪を優しくなで、私の元に花びらを運んでくる。
私はあの時と同じ様に片手を挙げて、花びらを受け止める。
「夕陽。ここに居たのか」
ただ違うのは、先輩が後ろから声をかけてきたということ。
ただ違うのは、先輩の服装が胸ポケットに花が飾られた制服になっているということ。
「お前はあの時と変わらないな」
前より大人びた先輩が苦笑して言う。
「また頭に花びらついてんぞ」
先輩がゆっくりとした動作で、私の髪から花びらを取る。
はらはらと花びらが舞い降りていく。
先輩の変わらない大きな手が私の頬に触れ、
髪に触れ、

そして……抱き寄せた。


「夕陽。ずっと一緒に居てくれないか?」



はらはら…はらはら…
桜の花びらが舞い降りる。
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