Short Storys

□風花
6ページ/14ページ

「あ。やっと起きた」
 顔に当たる光に健也が手を顔にかざして身を捩る。
 うっすらと目を開けるとカーテンの光を背にした、女のシルエットがあった。
 健也は手を身体の横に力なく下ろす。
 ぼんやりとした視界に色彩が鮮明になってくる。
「まだ寝ぼけてんの?」
 女の顔がはっきりとしてきた。
 健也はガバッと起き上がる。
 周りを見渡すと、薄いクリーム色のスクリーン、白い壁、白いシーツ、消毒液の匂い。
「保健室か…」
 健也はシーツを見つめながらぽつりと言った。
 その言葉に風花は顔をしかめた。
「何、それ。何でか? とか、お前が運んでくれたのか? とか、ありがとうとかって言えないの?」
「お前それ本気で言ってんのか?」
 健也は風花を見やる。
「そんなタマじゃねぇだろ。お前。大方、そこらへんにいる通行人に担がせたんだろ?」
 健也はにやっと笑うと上に掛けられた包布を剥いで、ベッドから起き上がる。
「ま。起こしてくれてありがとな」
 ポンポンっと風花の頭を撫でると、保健室の出口へと向かう。
「通行人じゃないもん。友達よ」
 健也はピタリと立ち止まる。なにしろ風花はあまり自分の近くに人を立ち寄らせない。自分を偽って壁を作る。これは風花が幼少のころの体験からなのだが…
 風花の友達発言は健也の興味を引くのに十分だった。
「へ〜。何お前、女に担がせたのか?」
 健也は風花の方へ向き直ると首を傾げて聞き返す。
「違う。男の子よ」
 健也はますます興味を持った。
「どんな? てかなんて名前?」
「何で言わなきゃいけないの? 何する気よ?」
「ちっ。何もしねーよ。幼馴染のお前がどんな奴と友達になったか気になるだけ〜」
 健也の言葉に風花が眉をひそめる。しぶしぶと話し出した。
「名前は、ユメミ。苗字は知らない。学年は私たちと同じよ」
「ユメミ? 女みてえな名前だな。そんな奴学年にいたか?」
 健也は風花の言葉に、腕組みして考え込む。
「一学年何クラスあると思ってるのよ? 何あんた、学年全員の顔と名前とプロフィール熟知してるわけ?」
 健也は首を傾げた。どうして風花はこんなに自分につっかかるようになってしまったのだろうか。分からなかった。
「知るわけねぇだろ。ユメミなんて名前の男珍しいだろ。なのに話題に上らないなって思ったんだよ」
 風花は口をへの字に曲げるとそのまま口をつぐんでしまった。
「…そのオトモダチによろしくな。礼はお前から言っとけよ」
 こうなってしまうとどうやっても風花から話を聞けなくなってしまったと、長年の経験から悟った健也はため息をついてそう言うと、保健室を後にした。

 どうしてこうなってしまうのか、それは風花にも分からなかった。
 幼馴染の健也とは年齢を重ねるごとに疎遠となってしまった。
 幼い日に起こった出来事から救ってくれたのは、健也だったのに、
 支えてくれたのは、健也だったのに、
 
 素直になれない自分に、
 いらついた。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ