Short Storys

□風花
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「ねぇ、そんなところで何してるの?」
 突然後ろから、そんな言葉がかけられた。
 振り向くと茶色がかった髪が風に吹かれてふわふわと遊んでいるのが見えた。
 その髪を女の子の白い手が伸びて、押さえる。
 声をかけてきたのは、入学式で出会った女子生徒。
 晴野風花ちゃん。
 あれから彼女の事から目が離せなくなって、ずっと見てたら気づいたこと。苗字までわかるってすごくない? 体育の授業で移動するときのゼッケン見ただけだけどさ。
 何か僕…ストーカー…っぽい?
 まぁ、いいや。ところで誰に話かけてるんだろう。
 僕はあたりをキョロキョロと見まわす。
「何キョロキョロしてるの? あなたよ」
 僕の胸の前にびっと人差し指を立てて、首を傾げる。
 あぁっ。か、可愛いな〜。やっぱり。
 僕は彼女を見つめてうっとりとしてしまう。
 と、あれ? 僕の事見えてる?
 もう一度彼女に視線を向けると、小柄な彼女が訝しげな顔をして僕の事を覗き込んでいた。
「え? あ? ええっ!?」
 僕は慌てて後ずさる。
「っ! うわっ!」
 慌て過ぎて花壇にひっかかる。
 あ、やばい!
 チューリップさん達にぶつかる!
 僕は空中で頑張って身体を反転させて、何とか花壇には突っ込まずに転ぶことができた。
「あ〜あ。何やってるの。大丈夫?」
 彼女が呆れた顔をして手を差し出す。
「え? いいっ。自分で起き上がれるから!」
 僕は尻もちついたまま首を振った。
「いいから早く手出しなさいよ」
 彼女は僕の手を無理やり取ると、グイッと引っ張った。
「わわっ!」
 僕は懸命に踏ん張って、彼女を押しつぶさないように耐えた。
「…ドンくさいなぁ…」
 彼女がポツリとつぶやく。
「もう、手離して」
「あっ。ごめん」
 彼女がチラリと手を見て、僕は慌てて手を離した。
 
 何か……印象と違くない?
 ホントにこの子風花ちゃんかなぁ?
 この大きな目とか、髪とか、
 うん。風花ちゃんだね。
 ギャップありすぎるけど。

「ねぇ、どっかケガとかしてない?」
 風花ちゃんが僕の腕を取って見る。
「ううん。大丈夫だよっ!」
 僕は急いで腕を引き抜くと答えた。
 じっと、風花ちゃんが僕のことを見る。
 うっ。視線が痛い。
 だって仕方ないじゃん。僕も確かにケガとかするけど、あっという間に治っちゃうし。保健室行くとかなったら、他の人には僕の姿なんて見えないからめんどくさいし。
「僕ってケガしにくいんだよね〜」
 おちゃらけて言ってみる。
 まぁ、嘘はついてないよ。
 突き刺さる視線。
 う。痛い。
「ふ〜ん」
 彼女はそう言うと視線を僕から外した。
「あんたさ。入学式の日ここにいたよね?」
「う、うんー。いたよ」
「よくあの桜の木に登って寝てるでしょ」
 風花ちゃんが桜の木を指差す。
 そりゃそうさ。
 だって、あれは僕だし、マイホームでもあるから。
「よ、よく知ってるね〜」
 僕はドキドキしながら答える。
「教室の窓からよく見えるから。それに…」

―キーンコーンカーンコーン
 
 あぁっ。せっかく風花ちゃんと話せたのに! チャイムめ〜!
「じゃあ、またね」
 僕がチャイムに向って怒りを抑えていると、風花ちゃんは僕に一言告げて校舎の中に入って行ってしまった。
 あ〜。行っちゃった…。
 せっかくお話しできたのに、僕ってかっこ悪いところばかり見せちゃったよ?
 僕はチューリップさん達の前に座り込み、悩みを聞いてもらう。
『う〜ん、どんくさいよね』
 赤色のチューリップさんの言葉が心にグサリ。
『でも、ほら、私たちを守ってくれたじゃない?』
 黄色のチューリップさんのフォローに、心が明るくなった。
『それは自分が花壇につまずくから、そんなことになるのよ』
 赤色のチューリップさん…踏みつぶしていいですか…?
『いや。それは良くないよ〜。そんなことしたら先生に怒られちゃうよ〜』
 赤色のチューリップさんは、視線をそらしながら言った。
『まあまあ。でも良かったじゃない。あの子、またねって言ってくれたわよ?』
 赤色のチューリップさんに向って足を振り上げていると、黄色のチューリップさんがそう言って仲裁に入った。
 え? そんなこと言ってたんだ!
 やったー!!
 ありがとう!! じゃね〜!!
 僕はチューリップさん達に手を振ると、マイホームに向ってスキップしながら帰った。

『どうするのよ。あんなに浮かれちゃって』
『そうね。また転ばないか心配ね』
『いや、そうじゃなく…』
『あの子は本当にそう言ってたじゃない? いいのよ』
『でも…』

 人間に見えるって…大変なことなのよ?
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