Short Storys

□桜恋
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はらはら…はらはら…
桜の花が満開に咲き誇り、道行く人々の目を楽しませる、そんな季節。


私達は出会った。



春休み。
私は四月から通う高校に、小学校からの友人のさつきと訪れていた。
出来上がったばかりの制服に身を包み、がらんとした校舎内を歩く。
グラウンドの方からは休日返上で汗を流す、運動部員の掛け声が聞こえる。
「広いねぇ〜」
「そうね」
私達は広い校舎内を一番上の階から見て回ることにして、階段を上った。
「…ここってさっきも通ったよね?」
しばらくすると、同じところばかりぐるぐる回っていることに気づいた。
「誰か通らないかなぁ〜」
私達はぐるりと廊下を見渡す。
そこはただ無人の廊下が広がるばかり。
「…とりあえず休憩しましょ」
私達は手近な教室に入って、席に着いた。
「あ〜。疲れた〜」
私は机に突っ伏した。
「ホント」
さつきはカバンからお茶の入ったペットボトルを取り出すと、一口飲む。
「さつき〜。私にも〜」
私は机に突っ伏したまま、さつきを見てピラピラと手を振った。
さつきは無言でペットボトルを渡してくれた。
私はコクリとお茶を飲み込む。
カバンの中のお茶はぬるくて、とてもおいしい物ではなかったが、私の疲れた身体を癒してくれた。
「ふぃ〜。生き返る〜」
私はペットボトルをさつきに返した。
さつきは苦笑するとカバンを机に置き、立ち上がる。
「?どうしたの?」
「ん?ちょっとトイレ」
「いっといれ〜」
さつきは苦笑し、私にチョップをかまして教室を出て行った。
しんと静まった教室で、私はまた机に突っ伏す。
教室に入って最初に、さつきが暑いからと開けた窓からさわさわと心地よい風が吹き込んでくる。
風が私の髪を優しくなでる。
と、ザワッと強い風が吹き付ける。
私は思わず顔を上げた。
教室の中に桜の花びらの幾枚かが吹き込み、舞い落ちていく。
クリーム色のカーテンが大きくはためいていた。
私は床に落ちた桜の花びらを拾い上げると、窓の傍へと近づいた。
窓から見下ろすとちょうど裏庭に当たる部分のようで、花壇や温室などが並んでいる。
視線を横へすべらせていくと、周りの桜の木よりももっと大きな桜の木が、満開に花を咲かせている。
私はその桜の木まで誘われるようにして歩いた.


はらはら…はらはら…
桜の花びらが一枚また一枚と散り、あたり一面ピンク色に染めている。
ふうわり吹いた風が私の髪を優しくなで、私の元に花びらを運んできた。
私は片手を挙げて、花びらを受け止める。
「うわっ!!やべぇ!」
突然、頭の上から声がし、何か黒いものが降りてきた。
ザッ
ドサッ
「きゃっ」
「ええっ?」
私は驚いて後ろに転んでしまった。
「…いったぁ…」
「ほら」
私がうずくまっていると、声の主が手を差し出す。
「大丈夫か?ごめんな」
バスケ部のユニフォームに身を包んだ少年が、心配そうに私を覗き込んでいた。
私はその手につかまり、立ち上がる。
「まさか下に人がいるとは思わなくてな。その…ケガ無かったか…?」
彼は頭に手をやりながら言う。
「はい…大丈夫です」
「そっか。良かった。…頭に花びらついてんぞ」
彼はニカッと笑う。
私は彼の大きな手が私の髪から花びらを取る動作を見つめていた。
ドキン…ドキン…
何だろうこの感じ。
「お前。赤いリボンてことは今度入る、一年か?」
私が胸騒ぎに戸惑っていると、彼が私の制服のリボンを指差して言った。
「はい。四月からお世話になります」
彼に気づかれないように、微笑んで頭を下げた。
「ふ〜ん。何か部活に入ろうとかって思ってる?」
「いえ。何も。まだどんな部活があるかもわからないので…」
彼がじーっと腕を組んで私を見る。
その彼の視線にまた鼓動が騒がしくなった。
「あ…の…?」
「なぁ、お前。うちのマネージャーになる気ない?」
彼がニカッと笑う。
「えぇ?」
その時。
「くおぅらぁ〜!!速水〜!!!!何やってんだ〜!!!!」
遠くから怒鳴る先生らしき人の姿が見える。
「げっ!やべっ。忘れてた!!」
彼は踵を返し、向こうへ行こうとするが、ふと立ち止まり私の方を振り返った。
「おい。そういえば名前は?」
「え。…橘 夕陽です」
「俺は速水 亮太。じゃ、考えといてくれ!橘!」
彼は私にブンブンと手を振り、今度は振り返らずに走っていった。
向こうで先生にどやされ、どつかれる姿が見える。
そのまま先生に連れられ、彼の姿は見えなくなった。

はらはら…はらはら…
桜の花びらが舞い落ちる。
私は桜の木を見上げ、手を伸ばした。
ふと目の端に何か影が映る。
視線をその影のほうへと向けると、教室の窓から身を乗り出したさつきの姿があった。
「夕陽ちゃ〜ん。なにやってるのかなぁ。大事な友達ほっぽって…」
さつきがニヤリと人の悪い笑みを浮かべる。
私はドキリっとし、ごめんと叫びながらさつきの元へと戻った。

帰り道。
さつきと並んで住宅街を歩く。
街は夕暮れの赤色に染まっている。
あれからさつきは速水先輩との出会いをひとしきりリピートし、私はひたすらにさつきを放っておいたことを謝った。そして学校帰りのたこ焼きで機嫌を直してくれたのであった。
「にしても夕陽」
「ん?」
「夕陽にも春がやってきたのね」
「なっ!」
さつきがまた言い出す。言い返そうとするがさつきの表情をみて言葉を飲み込んでしまう。さつきは少し寂しそうな表情をしていた。
「ま、応援するよ?」
「いえ。そんなんじゃないから」
さつきはその表情をすぐに変えてニヤッと笑う。私はぷいっとそっぽを向いた。
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