Short Storys

□切ない想い
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「夏が来たら…二人でどこかに行こう」



 ジ〜ワ、ジ〜ワ……
 ミ〜ン、ミ〜ン……

 太陽の日差しがまぶしく地上を照らしつけ、アスファルトからはゆらゆらと熱気が上がっている。
 木々は青々と葉を広げ、葉は美しく輝いている。
 青空はどこまでも高く、セミの声が天へと吸い込まれていく。


「う〜、暑い〜…死ぬ〜」
 橘夕陽はだらだらと汗を流しながら、学校へと向かっていた。その両手には部員達への差し入れである、アイスの入った袋が握られている。
 せっかくの夏休みではあるが、夕陽は連日部活に出ていた。
 この学校のバスケ部はこの地区ではかなりの強豪で、全国ベスト5にも必ず名を連ねているためか、練習はかなり厳しく、遊ぶ暇などなかった。
 今日も夕陽は部活に顔を出し、マネージャーとして忙しく走りまわっていた。

「なぁ橘。アイス買って来てくれ」
後 ろから呼び止められ、夕陽が振り返ると卒業生の荒川祐樹がお金を夕陽に差し出していた。
 祐樹は夕陽達がバスケ部の見学をしたときに、案内をした上級生である。
 バスケ部のOBである彼は、こうして休日にはよく母校のバスケ部を訪れていた。
 夕陽は明るく返事をすると意気揚々と体育館から出かけたのだった。

 そんなこんなで冒頭に戻る。
「あ〜づ〜い〜」
 夕陽はうなだれて歩く。
人気のあるバスケ部の部員は半端なく多く、袋はずっしりと重かった。
 暑さにまいっている夕陽に追い討ちをかける。
「そもそも日本人の黒髪が悪いのよ〜、黒って熱を吸収しちゃうんだからね〜?」
 …暑さにやられたのか、良く分からないことを言いながら歩く。
 そんな時。
 ふいに身体が軽くなった。
「へ?」
 夕陽が重みの無くなった手を見ると、袋が一つ消えている。
「そっちのも貸せ」
 夕陽の頭の上から声が聞こえた。
 ん? と夕陽が顔を上に上げると、亮太の顔があった。
 亮太は自分の向こう側にある袋を取ろうとしているため、少しかがんでおり二人の顔は近い。
「…って、ええええ?!」
 夕陽は驚いて後ずさる。
 夕陽と亮太の距離が2メートル程開く。
「なんだ?そのリアクション…」
 亮太はムスッとして言う。
「えっ? えっと〜…」
 夕陽は冷や汗をかく。
 先程までの暑さが、一気に冷めたようだ。
「ま、いいや。それより早く行くぞ。これが融ける」
 亮太は袋をさして言い、スタスタと歩き出した。

 二人は無言で学校までの道のりを歩く。
 セミの声がずっと鳴り止むことなく響いていた。
 校門をくぐり、体育館を目指す。
 バスケ部の使用する第二体育館は校舎からは離れており、裏庭の向こう側にある。
 裏庭には夏の花々が咲き誇っており、園芸部が管理している温室の中も植物の葉が青々と茂っているのが見えた。
 ふと亮太が立ち止まる。
 亮太の後ろを歩いていた夕陽は軽く亮太にぶつかってしまった。
「あ、亮太先輩。すみません」
 夕陽は慌てて謝り、亮太から離れる。
 亮太は何も答えず、上を見上げている。
 夕陽も亮太の視線をたどって上を見上げた。
 そこには周りの木よりも大きな桜の木があった。
 春とは違い、青々とした葉を広げて、堂々と立っている。
「…亮太、先輩?」
 夕陽が声を掛けると、亮太は振り返った。
 じっと見つめる。
 夕陽が首を傾げると、亮太は口を開いた。
「体育祭の帰りにした約束、覚えているか?」


「夏が来たら、二人でどこかに行こう」



「…」
 夕陽は少し顔を赤らめる。
 それを亮太は黙って見つめる。
「今度花火大会があるだろう?…良かったら、一緒に行かないか?」
 亮太が顔を赤らめ、言いにくそうに誘った。
 夕陽は首をかすかに縦に振るだけで精一杯だった。


「あれ? 速水先輩も一緒だったんですか?」
 開け放たれた体育館の入り口に立つと、中からさつきが声をかける。
 明るい日差しの下から、体育館の中に入ると中は薄暗く見えた。
「ああ。こいつだけにしてたら、アイス独り占めしそうだし」
 亮太はニヤリと笑いながら言った。
「言えてる」
 さつきもそれに相槌をうつ。
「ひど〜い。そんなことしませんよ〜う」
 それに対して夕陽がぷぅっと頬を膨らませて抗議するが、部員達は亮太たちの意見に賛同するのだった。
「休憩〜!」
 部長でもある亮太がコートに向かって叫ぶ。
 みんなでアイスをおごってくれた荒川に礼を言い、アイスに群がる。
 もちろん年功序列でアイスは部員全員に配られたのだった。

 そんな中、じっと亮太と夕陽を見つめる一人の部員が居た。
 いつもと同じ様に軽口を言い合う、亮太と夕陽。
 でも何か、いつもと違った。
 言葉では表現しにくい、いつもとの違和感。
 イスを取るときに試しに言ってみる。
「橘。何かいいことでもあった?」
 じっと夕陽の顔を覗き込む。
「な、何が? 姫野くん早く取らないとなくなっちゃうよ?」
 夕陽は少し動揺しながら、アイスの入った袋を差し出した。
 姫野は探るように夕陽を見ながらアイスを取り出す。
「ふ〜ん。何か顔がにやけてる気がしたから…」
「何言ってんの! 何もありません〜」
 夕陽は姫野をトンと軽く押すと、離れていった。
 姫野はその後姿をアイスをくわえながら、目で追う。
「…何も無いねぇ…」
 最後にアイスを取るさつきと夕陽の姿を見る。
 そして、ちらりと亮太に目をやる。
 亮太は仲の良い部員達と話しながら、くつろいでいる。
「何も無いようには……見えないなぁ〜」
 フッと姫野はアイスを口から離すと笑った。
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