長話

□ep3
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周防はチラッと椎名の方に視線を寄越した。



すると、ある部位に目が行った。


「………。」

周防の視線に気付いたのか、椎名は周防に視線を寄越した。

「………何?周防。そんなじろじろ見ないでくんない?は〜ずかし〜い。」
「…はは……安心しろ。男に興味は無ぇ。特にお前は無い。」
「褒められてんだか、馬鹿にされてんだか。」
「…少なくとも、前者では無いと思うよ?」

呆れた顔で理苑が呟いた。
「そぉ?」と椎名は笑いながら理苑に視線を返した。


周防は未だにその部位に目が行ってしまっていた。


その部位…左腹部には、大きな深い、一文字の傷痕があった。











「……クゥちゃんさぁ、トリートメントとか使ってんの?」
「……トリー…?」
「トリートメントっ!!」
「…知らねぇ。」
「ぅえぇっ!?マジぃっ!?使ってねぇのっ!?」

洗面器を床に叩きつけた為、『コーン…ッ』という音が響いた。

「……あぁ、クゥちゃんって、リンスインシャンプーで済ませちゃう人でしょ?」
「…めんどい時はシャンプーだけだ。」
「えぇ〜、使いなよ。…いや、男らしいとは思うけど…髪に悪いよ。髪キッシキシだよ?」
「…別に困らねぇ。必要ねぇ。」
「将来ハゲるよ。」
「………マジか。」
「…いや知らない。テキトー。」

浴場のシャワーの前で、空夜の濡れた金髪を見て、椎名は疑問をぶつけた。

「使いなよ。水を得た魚のように潤うかもよ?」
「…言葉の使い方間違ってねぇか?」
「君が正しい使い方を知っていると思わなかったよ。っつーかただ比喩表現として使っただ〜け。」
「…つか、その…トリートメント?……使えったって、持ってねぇもん、どう使うんだよ。」
「あぁ、それなら俺持ってるよ?」

椎名は空夜の眼前に、旅行用なんかでセットになっていたりするトリートメントを突き付けた。

「…ぅをっ!!」
「貸してあげるよ。」
「……別に…」

そう呟く空夜は、押し付けるようにして渡されたトリートメントに、視線を落としたまま固まった。

「……どしたの?」
「………これ…どうやって使うんだ?」
「…え…どうって…普通に。」
「……フツー…。」

視線を動かさないまま呟く空夜を見て、椎名は顔が引きつった。

「…………はぁ…もう良いよ。」

空夜が椎名に視線を向けるのと同時に、椎名は空夜からトリートメントを奪い取った。


そして、口の両端を吊り上げた。





「…俺が洗ってあげる。」
「……はぁっ!?…いや、ガキじゃあるめぇし…」
「いいからっ!!」
「何…っ、ぶはっ!!」

空夜が抵抗を見せる前に、椎名はシャワーを捻り、湯を空夜の頭からぶち撒けた。

「………っテメ…っ!!」
「は〜い、いいから動かないの〜。」

椎名は素早くシャンプーを泡立てて、空夜の頭をワシャワシャと洗い出した。

「わ〜、やっぱ傷んでんじゃん。」
「テメっ、いいっつってんだろっ!!」
「もぉ〜っ!!動くなってばっ!!………いい加減にしないと、背中…舐め上げるよ?」
「絶対動きません。」

椎名は「宜しい」と笑いながら答え、再度洗髪を続けた。

白い泡の中に金髪が映えて、やけに綺麗に見えた。


椎名がそれに目を奪われていると、ふいに空夜が話し掛けて来た。

「……おい。」
「…ふぇ?何?」

若干間の抜けた己の声に自身で椎名は驚いた。

「…この間、俺は何してりゃあいいんだ?」
「え…俺と話してよ。」
「……だけか?」
「だけ。」
「…………。」

下を向いている為、椎名からは分からないが、空夜は心底呆れた顔をした。

「……あ、ねぇクゥちゃん。」
「…何だよ。」

椎名は唐突に声を掛けた。

「シャンプーの容器の横っちょに、変な点字みたいな点々あるの知ってる?」
「あ?……あ〜…そういやぁ、あるな。」
「あれ、何のためにあるか知ってる?」
「………………………………………………気分?」
「わぁお☆斬新♪」

椎名は笑いながらシャンプーを濯ぎ流した。

「正解は、目を瞑ったままでも、リンスとシャンプーの区別がつくようにだよ。」
「………へぇ〜。」

空夜は、前髪から水を滴らせながら、目線だけ椎名に向けた。

「まぁ、ぶっちゃけそれだけなんだけどね。」

椎名は、今回の目玉、トリートメントを手に取り、髪に揉み込ませた。


空夜は、椎名の左腹部に歪な横線を描く、大きな深い傷痕に目をやった。

 
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