長話
□ep3
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「……………あれ?」
翌朝、椎名の右手には、もの凄く見覚えのある、自分の物では無いジャケットが握られていた。
念のため、椎名はそのジャケットに鼻を押し付けた。
………物凄く…知っている匂いがする。
「…………あれぇっ!?」
椎名は、朝早くから冷や汗で顔を濡らした。
「………これ…どうしよう…。」
「……椎名…上着返せ。」
椎名は一瞬、肩がビクッと反応した。
いつものように、椎名流スキンシップ、モーニングキックで叩き起こしに行ったら、蹴りを入れた足をガッシリ掴まれ、布団に転がったまま睨み付けて、空夜がそう言ったのだ。
足を掴まれたのと、起きていた事と、寝起きの状態で睨み付けられた事と…等々。色々な理由と感情で椎名はビクついた。
……正直…
返したいのはやまやまだが、生憎今は所持していない。
持って来れば良かったと、半ば後悔した。
家が隣りなのだから、取りに帰れば良い話なのだが、準備万端で出て来てしまった分、戻るのが面倒臭い。
はて…どうしたものか。
「………聞いてんのか、テメェ…。」
「………聞いてるよ。」
「じゃあさっさと返せっ!!」
「ってか、その前に離してくんない?この体勢バランス取りにくいんだけど。」
「『返す』と言やぁ離してやる。」
「…言ったところで、今持って無いよ?」
あっけらかんと言ってのける椎名。
「取りに帰れ。」
「嫌だ、面倒臭い。」
「…このまま足の骨粉砕すんぞ。」
「ちょちょちょちょちょっ!!待って待って待ってっ!!タンマっ!!」
若干、手に力が入って来たのを足で感じ、椎名は慌てて止めた。
「…あぁ?」
「学校から帰ったら返すっ!!」
「はぁ?」
空夜は、眉を寄せて椎名を見上げた。
「……それじゃ…駄目?」
椎名は、余裕なのか必死なのか、精一杯の笑顔を空夜に向けた。
「……………はぁ…。」
空夜は諦めたように溜め息を吐いた。
「……チッ…仕方ねぇな。」
空夜は、掴んでいた手を離し、髪を掻き乱すように頭を掻いた。
それを見て安堵感を得た椎名の表情は、パァッと明るくなった。
「ありがとーっ!!クゥちゃん、だぁい好きっ!!」
「…意味分かんねぇ。」
椎名はその場に座り込んで、空夜と視線を合わせた。
「…ところでクゥちゃん。」
「あぁ?」
「何で今日に限って起きてたの?」
椎名の質問に、空夜は意味が分からないと言いたげに、表情を歪めた。
「はぁ?何言ってんだテメェ。」
「え?」
「俺はテメェの蹴りで起きたんだよ。」
「え…だって、俺の足掴んだじゃん。」
「起きた時に掴んだんだろぉが。」
……流石化け物並み。
「……ナイス反射神経。」
椎名は、苦笑いでそう返した。
「…とまぁ、そんな訳で、朝から足の骨を複雑骨折する所だった訳よ。」
「………朝っぱら何やってんの?馬鹿じゃん?」
「あはは。目が笑って無いぞ〜、理苑。」
ほぼ無表情に近い笑顔見せる幼なじみに対して、椎名はそこそこな笑顔を返した。
「ちなみに、朝から複雑骨折した場合、どんな対処法取れば良い?」
「知らないよ。そんなの。」
「えぇ〜、医者の息子なのにぃ?」
「ウチの親父は、精神科の専門だけど?そういうのは、接骨院にでも行って聞いて来たら?」
「…何か今日冷たく無い?」
「そぉ?いつも通りじゃない?」
椎名は降参するように、口をつぐんだ。
何の気無しに、窓の外を眺めていると、理苑が口を開いた。
「………いつ返すの?」
「ん?」
「上着。」
「…………。」
椎名は理苑から視線を外して、目を泳がせた。
「………か…帰って…から…。」
「だから、帰ってからいつ渡すの?」
「……え…。」
「……………ど〜せ…考えて無いんでしょ?」
「………うん…。」
「まぁ、そこそこ素直で宜しい。」
「………う〜ん…。」
椎名は腕を組んで唸った。