長話

□ep3
2ページ/6ページ




「……………あれ?」


翌朝、椎名の右手には、もの凄く見覚えのある、自分の物では無いジャケットが握られていた。

念のため、椎名はそのジャケットに鼻を押し付けた。





………物凄く…知っている匂いがする。








「…………あれぇっ!?」

椎名は、朝早くから冷や汗で顔を濡らした。


「………これ…どうしよう…。」













「……椎名…上着返せ。」

椎名は一瞬、肩がビクッと反応した。

いつものように、椎名流スキンシップ、モーニングキックで叩き起こしに行ったら、蹴りを入れた足をガッシリ掴まれ、布団に転がったまま睨み付けて、空夜がそう言ったのだ。

足を掴まれたのと、起きていた事と、寝起きの状態で睨み付けられた事と…等々。色々な理由と感情で椎名はビクついた。




……正直…
返したいのはやまやまだが、生憎今は所持していない。

持って来れば良かったと、半ば後悔した。

家が隣りなのだから、取りに帰れば良い話なのだが、準備万端で出て来てしまった分、戻るのが面倒臭い。




はて…どうしたものか。



「………聞いてんのか、テメェ…。」
「………聞いてるよ。」
「じゃあさっさと返せっ!!」
「ってか、その前に離してくんない?この体勢バランス取りにくいんだけど。」
「『返す』と言やぁ離してやる。」
「…言ったところで、今持って無いよ?」

あっけらかんと言ってのける椎名。

「取りに帰れ。」
「嫌だ、面倒臭い。」
「…このまま足の骨粉砕すんぞ。」
「ちょちょちょちょちょっ!!待って待って待ってっ!!タンマっ!!」

若干、手に力が入って来たのを足で感じ、椎名は慌てて止めた。

「…あぁ?」
「学校から帰ったら返すっ!!」
「はぁ?」

空夜は、眉を寄せて椎名を見上げた。

「……それじゃ…駄目?」

椎名は、余裕なのか必死なのか、精一杯の笑顔を空夜に向けた。


「……………はぁ…。」

空夜は諦めたように溜め息を吐いた。

「……チッ…仕方ねぇな。」

空夜は、掴んでいた手を離し、髪を掻き乱すように頭を掻いた。
それを見て安堵感を得た椎名の表情は、パァッと明るくなった。

「ありがとーっ!!クゥちゃん、だぁい好きっ!!」
「…意味分かんねぇ。」

椎名はその場に座り込んで、空夜と視線を合わせた。

「…ところでクゥちゃん。」
「あぁ?」
「何で今日に限って起きてたの?」

椎名の質問に、空夜は意味が分からないと言いたげに、表情を歪めた。

「はぁ?何言ってんだテメェ。」
「え?」
「俺はテメェの蹴りで起きたんだよ。」
「え…だって、俺の足掴んだじゃん。」
「起きた時に掴んだんだろぉが。」





……流石化け物並み。








「……ナイス反射神経。」




椎名は、苦笑いでそう返した。













「…とまぁ、そんな訳で、朝から足の骨を複雑骨折する所だった訳よ。」
「………朝っぱら何やってんの?馬鹿じゃん?」
「あはは。目が笑って無いぞ〜、理苑。」

ほぼ無表情に近い笑顔見せる幼なじみに対して、椎名はそこそこな笑顔を返した。

「ちなみに、朝から複雑骨折した場合、どんな対処法取れば良い?」
「知らないよ。そんなの。」
「えぇ〜、医者の息子なのにぃ?」
「ウチの親父は、精神科の専門だけど?そういうのは、接骨院にでも行って聞いて来たら?」
「…何か今日冷たく無い?」
「そぉ?いつも通りじゃない?」

椎名は降参するように、口をつぐんだ。
何の気無しに、窓の外を眺めていると、理苑が口を開いた。

「………いつ返すの?」
「ん?」
「上着。」
「…………。」

椎名は理苑から視線を外して、目を泳がせた。


「………か…帰って…から…。」
「だから、帰ってからいつ渡すの?」
「……え…。」
「……………ど〜せ…考えて無いんでしょ?」
「………うん…。」
「まぁ、そこそこ素直で宜しい。」
「………う〜ん…。」


椎名は腕を組んで唸った。


 
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ