長話

□ep1 to ep2.『悪夢』
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『…っ、……椿……』


駆け寄った。

刃の埋まった胸元からは、止まる事を知らない鮮血。
動脈だか何だかの鮮血は、赤黒いものでは無く、本当に真っ赤なものだと聞いた事がある。
身体から溢れ出す赤い色。
吐き気がする程強く香る、甘い匂い。



状況が理解出来ない。




『……………椿…』

目を開く事の無い相手の名前を口にする。

頬に触れる。



まだ微かに暖かい肌に、余計に感覚を狂わされた。



《…………ねぇ…》



遥か昔に問われた言葉が、ふと脳裏を過る。



《………独りで天国に行くのと……俺と一緒に地獄に堕ちるの…





……どっちが良い…?》

『……………。』






…………そんなの…









『……………決まってんじゃねぇか…。』







機能しなくなって来た頭で出した結論。



完全なる感情論。





『…………独りになんてしねぇよ…』




[俺]は、自分の手に握っていた日本刀を首に当てた。



『……今逝くから…其処で逢えなかったとしても…



………次の命で…また逢おう…。』


[俺]は弱い。

力が欲しいと思った。



………今度こそ…あんな顔はさせねぇように。







その部屋で聞こえた声は



それが最後だった。














「………………ちゃん…っ、

…………ゥ…ちゃん…っ、







…………クゥちゃんっ!!」


「…………あ…?」



目を覚ますと、俺の知っている夜色の男が、目の前に居た。

「いつまで寝てんのさ。もう集会終わるけど?」

入学式の翌日。学年集会。
教員の話をBGMに、そいつは不貞腐れた顔で此方を見ていた。


「………椎…名…?」
「何?どしt…………………え…ちょ、えぇっ!?え、何、本気でどしたのっ!?クゥちゃんっ!!」

椎名は物凄く驚いた表情で、困惑していた。

「………あ…?」
「…え…嘘…自覚無し?








………泣いてるよ…?」

「…………あ…」


右頬が冷たかった。
触れると、滴が零れた。

「え、どしたの?君が泣くなんて…そんなに怖い夢でも見た?……っていうか…君を泣かせる程の夢ってどんな夢っ!?それ人間の見る夢なのかなっ!?」

1人で喋り続ける椎名を、涙の止まらない目で呆然と眺めてたら、それに堪えかねたのか、椎名は小さく溜め息を吐いた。

「……調子狂うなぁ…。」

そう言って、不貞腐れながら、セーターの袖口で涙を拭って来た。

それに此方も調子が狂ったのか、涙は止まった。

「…どんだけ怖い夢見たのかは知らないけど…っていうか想像もしたく無いけど、今は目ェ覚めてんだから、早く忘れなよ。」


再び溜め息を吐いて数秒、椎名は何かを思い付いたかのように手を叩いた。

「分かったっ!!アレだっ!!朝起きた瞬間に聞く、魔法の言葉を聞いてないから寝惚けてんだねっ!?」
「………は?」
「クゥちゃん、








………おはよう…♪」



俺の目の前に居る、朝が似つかわしく無い夜色の男は



満面の笑みで言葉を掛けて来た。




「……目ェ覚めた?」
「……おう…。」
「そ、良かった。」


そう言うと、椎名は携帯を弄り始めた。

「…あ、ちなみに、さっきの写真、保存しとくね。」
「……は…?」

椎名は厭らしい笑顔で答えた。

「…君の、泣き顔写真♪」
「………………………………………………………………………はぁっ!?」
「あんな珍しいモン見せられて、写メん無い方が無理でしょ。」
「っざけんなっ!!JKかテメェはっ!!消せっ!!今すぐ消せっ!!」
「え〜、やだ〜勿体無〜い♪」
「勿体無いって何だっ!!いいから消せよっ!!何の得にもなんねぇだろっ!!」
「なるっ!!きっといつかなるっ!!」
「黙れっ!!」

学年集会。
所謂先生のお話の真っ只中、俺たちは騒ぎ出した。

教師共が何か言ってるが、こっちはそれどころではない。

「送☆信☆っ!!」
「何してんだテメェっ!!」
「メール添付でございまぁすっ!!☆」
「っざけてんのかっ!!」

送信先は恐らく理苑と周防だろうけど、意味も無く羞恥を曝された気分だ。
恥じるよりも、怒りが沸き上がって来た。


「椎名ァっ!!テメェ殺すっ!!今日こそ殺すっ!!」
「わぁお☆クゥちゃん顔赤ぁい♪」
「うるせぇっ!!大体テメェの場所此処じゃねぇだろうがっ!!何で居やがるっ!?」
「もっちろん♪君をからかいに♪」
「死ぃねぇぇえぇえっ!!」

俺は椎名の胸ぐらを掴んでぶん投げた。

奴は壁に叩きつけられたにも関わらず、歓喜の声を上げた。


「いいねぇっ!!殺る気満々じゃんっ!!俺じゃなかったら死んでるよっ!!」

そしてゆっくり立ち上がって、俺を見た。


「…だからぁ…俺はこの程度じゃ死なないよ?」

奴がにやりと笑った。

その笑顔にイラッと来て、笑った。


「…じゃあ、お望み通りに殺してやるよ…っ!!」

俺は拳を作って、指をゴキゴキと鳴らしながら歩み寄った。

「………殴り殺すっ!!」
「………いいねぇ、その目…っ!!」


椎名は胸の辺りのYシャツをぐしゃぐしゃと掴んだ。


「………ぞくぞくするよ…っ!!」
「…っせぇっ!!死ねぇっ!!ドMがぁっ!!」



俺が殴り掛かったら、あいつは楽しそうだった。


そんなこんなで、いつも通りの追いかけっこが始まる。






……入学早々に何やってんだか。


自分でそう思った。


 
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