長話
□ep1 to ep2.『悪夢』
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『 、』
何を言っているのか
聞こえ無い。
『 っ!!
……………何…で…』
あ……聞こえた…。
『…………何で…っ…!!』
怒ってる?
………いや…、
『…………っ…んで…』
『…………泣いてる…。』
知らずに口から言葉が出た。
その男は、[俺]の言葉に反応して、右頬に伝っていた滴に触れた。
それを認識した途端に、
そいつはまた、次々と溢れさせた。
その男の姿を見て、
何故かは分からない。
分からないけど
苦しくなった。
『………ごめん……』
また無意識に口にした。
『……[ ]、
…………君…
…………ズルい…よ…。』
[俺]の名前を呼んで、そいつはその場でまた泣き出した。
そいつが片手に持っていた日本刀は、強い香りを放ちながら、音を立ててその場に落ちた。
鼻を突くような鉄と同じ血の臭いと、甘い匂いが立ち込める中、
彼はただ立ち尽くして、着物の裾を掴み、嗚咽を繰り返していた。
そんな姿を見て、
堪えられなくなった。
『…………っ…!!』
そいつの頭に手を置いて、夜を思わせるような黒い髪を、軽く乱すように撫でた。
『……………っ…、』
そいつは、
一度[俺]を見上げて、
また泣いた。
『…………ごめん……ごめんね…俺……本当は…っ、……ただ……ただ…っ…!!』
[俺]の着物を強く掴む。
そのまま拳に額を押し付けるように、[俺]の胸元に収まった。
震える声で続ける。
『……ただ……一緒に…居て欲しくて……側に居て欲しくて……俺だけを見てて欲しくて…っ…!!
………俺だけの…ものになって欲しかった…。
…他の誰かのものになんて…なって欲しくなかった…。
………自分の事ばっかりで…自分の事しか考えてなくて…
……ただ…それだけの事なんだ…。
……………ごめんね…。』
『……そんなもんだろ……謝んなよ…。』
そいつはまた『ごめん』と呟いて泣いた。
―…よく泣く奴だな…男の癖に。
少しだけ、そんな事を思った。
だけど不思議と、何故か他人事に感じなかった。
だから黙っていた。
俺はこんな奴知らない。
でも、
何故か覚えてる。
俺は知らないけれど
俺の記憶は知っていると呟いた。
自分でも意味が分からない。
『……俺…最低だね……自分の事しか考えられなくて…あいつに取られるぐらいなら………俺が殺してでも手に入れておけば良かったって…今でも思ってる。……あいつの気持ちも考えてやれない……君の事だって……………………嫉妬心しか持てない自分が1番嫌いだ…
……生きてる価値すら感じない…。』
『…………え…』
そいつは、俺から静かに離れた。
『……俺はさ……今まで…ずっと君と居た…。…君が居てくれた…俺には…君しか居なかったんだ。……だから…君は俺が殺したいと思った…。…俺は君に殺されたいと思ったんだ…。
………でも…』
そいつは、襖から外へ出て、庭に立った。
空を見上げて、呟いた。
『…………今の俺には…君に殺される価値も無い…。』
そいつは、見上げてた視線を此方へ向けた。
表情は違和感を持つほど穏やかだった。
『……君はさ、…お人好しで、誰彼構わず相手して、しかも鈍感で………
…太陽みたいに…優しくてさ…
……そういう所…嫌いだったよ…。』
…夢の中なのに関わらず、胸騒ぎがする。
再び空を見上げて呟く。
『……ほら、見てよ。
……月が綺麗だ…。』
夜空には綺麗過ぎる満月が浮かんでいた。
『………[勘羅(かんら)]、
…―愛してる…。』
[俺]の名前を呼んで、落ちていた日本刀を掴んで、自分の胸に深く突き刺した。
『…っ、……[椿(つばき)]…っ!!』
[俺]は[そいつ]の名前を叫んだ。
そいつの顔は笑顔だった。