長話
□ep3
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「…え…空夜さん…っ!?」
「おぉ、夏乃(なつの)、こいつ頼む。」
西邦院家の門を開けて飛び出して来た椎名の妹、西邦院夏乃に、空夜は椎名を押し付けるように、見せつけた。
「…兄貴っ!?え…どしたの?」
狼狽える夏乃の姿を視界に入れて、空夜は溜め息混じりに答える。
「知らねぇ。何か急に倒れたと思ったら、寝てた。」
「…えぇっ!?」
夏乃は軽くオーバーに反応をしつつ、ふと空を見上げた。
「……あ…そっか…今日、満月か…。」
「…あぁ?」
夏乃の呟きに、空夜は眉を潜めて相槌を返した。
「……えっと…何か兄貴、満月の夜に、必ず変な夢見るんだって。」
「変な夢だぁ?」
「……うん…どんな夢かは、知らないけど。」
「……へぇ…。」
「ただ、いつもその夢見た後、兄貴異常にテンション低いんだよね。……だから毎回『夢見たく無い』だの『寝たく無い』だの言ってるの。」
「………なるほどな…。」
夏乃の話を耳に、眠っている椎名の顔を見ながら呟いた。
「……なら寝なきゃ良いだろ。」
「あたしもそう言ったんだよ?そしたら何か、毎月その日だけは、必ず見なくちゃいけないように、眠気が襲って来るんだって。」
「はぁ?…そんな事あるか?」
「知らな〜い。眠気が襲うって言うか、突然意識をシャットアウト?ぶつ切り?みたいな?って。」
「………お前…喋り方、椎名にそっくりだよな。」
「えぇ〜?嬉しくな〜い。」
夏乃は、空夜の元に寄って、椎名の顔を覗き込んだ。
「…で?どうすんの?兄貴。……あたしが運ぶの?」
「…仕方ねぇだろ。俺、お前らん家入れねぇ事はねぇけど…家の空気悪くなって嫌な思いすんのお前らだろ。」
「親父たちなら、今居ないよ?…何か親戚ん所に行ってるっぽい。帰って来んの明日の夕方。……………空夜さん運んでよ。あたし1人は無理。兄貴重い。」
「…そうか?結構軽いぞ?こいつ。」
「そりゃあ男の人が担げばねっ!!女子中学生には無理です。」
空夜は諦めたように溜め息を吐いた。
「………しゃあねぇなぁ…。」
「………おかえり、兄さん。」
「蒼空(そら)…起きてたのか。」
自宅の玄関で靴を脱いでいる空夜に、弟が奥から姿を出して、声を掛けた。
「…さっき窓から見えたけど…椎名さんの所?」
「あぁ。何か急に倒れたからよ。何事かと思ったら寝てただけだった。」
「…兄さんって、何気心配性だよね。」
「あのな、誰だっていきなり目の前で倒れられれば、何事かと思うっつーの。」
「……ま…なら良かったじゃん。」
蒼空は呆れ半分に、鼻から息を吐くように溜め息を吐いた。
「………ただ…窓からだと丸見えだから…気を付けた方が良いよ。」
「……あぁ…そうだな…。」
空夜はゆっくり玄関に上がり、蒼空の前を通った。
「………あれ?」
兄の姿を確認して、ある事に気付き首を傾げる。
「…兄さん…上着は?」
「あ?…あぁ、何かあいつが掴んだまま離さねぇから、置いて来た。」
「…………あっそう。」
蒼空は黙って兄の背中を見つめた。
次第に口から言葉を漏らす。
「………兄さん………いつまで続けるの?」
「………何がだ。」
「……分かってる癖に…。」
「……何の事だか分かんねぇな。」
その場から去ろうとする兄に、蒼空は再び声を掛けて、足を止めさせる。
「………『喧嘩』。」
空夜の足が止まる。
「…今はまだその程度で済んでるけど…ずっとこのままって訳にはいかないの…分かってるんでしょ?…この『因縁』が続く限り…。」
空夜は蒼空に暫く背中を向けたまま、何も言わなかった。
「………兄さん?」
「……蒼空……勘違いするな。」
「…え…、」
空夜は背中を向けたまま続けた。
「…俺たちは『喧嘩』なんて生温いもんはやってねぇ。…………いつでもお互い…
…本気で…殺す気でやってる。」
「…………そう…。」
そう言った蒼空の表情は、どこか悲しげに見えた。
「……もう寝ろ…。」
「………そうだね…おやすみ。」
「…あぁ…おやすみ。」
空夜は最後まで背中を向けたままだった。