宝物

□ぴよ様よりvV
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 熱の所為で顔に汗を浮かべながら微笑む良守に、限は僅かに唸りながらその汗を拭いとってやる。
「…台所に、林檎があった。それ擦ってやるから、食べろ。こんなに汗かいてるなら、干からびるぞ」
「…‥ありがとう。待ってる」
思いもよらない限の健気に思える優しさに、良守はふわりと微笑みを浮かべた。
 限はもう一度、良守の汗を拭い取ってから腰を上げて静かに部屋から出ていった。
 まだ誰も帰って来ていない廊下を歩き、台所に入るとテーブルの上にあった林檎を一つ掴み取る。
 真っ赤な皮がみずみずしい、丸かじりしたくなるような美味しそうな林檎だった。
この家の主夫である、良守の父親が吟味して買ってきたのだろう。
 熱のある良守でも食べられるように早速下ろし金を探すが、パッと目につく場所にはそれらしい物は見当たらない。壁や棚に並べられているのは鍋類やおたま、フライ返しぐらいで下ろし金は見当たらなかった。
 引き戸や引き出しの中にあるのだろう、と思うのだが、知っている人間の家とはいえ勝手にそこら中を開けるのは気が引ける。
 どうしたものかと、林檎を掴み取ったままもう一度辺りを見回すと、ガラス戸のはめられた食器棚に良守の菓子作りの道具が並べられているのが見えた。
ボウルや泡立て器、何かの型やケースに入った小さなペティナイフもある。その隣には菓子作りに使う材料や調味料も置かれている。
 また、良守がアップルパイを作った時の事を不意に思い出した。
 擦り林檎は作れそうにないが、あれなら作れそうだと、限は食器棚からペティナイフを取り出した。

* * *

 何時の間にか眠ってしまっていたらしい良守は、僅かに香った甘い香りにぼんやりと目を開けた。
砂糖とは違う、独特の甘い香り。
 自分には嗅ぎ慣れた香りだが、家族でこの香りを放つ物を使う者は誰もいない。父親の修史だって、普段の料理には不向きなこれは使わない。
 どうしてこの香りがするのだろうと熱でまだぼんやりとする頭で考えていると、静かに部屋の戸が開いた。
 片手に小さな小椀を持った限が足音を立てないようにゆっくりと部屋に入ってくるのを潤んだ目で黙って見つめていると、限は良守の傍らに静かに膝を付き、良守の顔を覗き込んだ。
「起き上がれるか?」
「…ぅん」
 限の言葉に良守はゆっくりと身体を布団の中から起こすと、限はさりげなく支えて身体を起こすのを手伝ってくれた。
 「ありがと…」
「…お前が食えそうな物作ってきた。食えるか?」
「え?…擦り林檎じゃねえの?」
限が自炊したのも料理をした所も見た事がない良守が驚いたように聞くと、限は僅かに顔を赤くしながら小さく頷いた。
「……下ろし金見つけられなかった。…お前の見様見真似だ、食えなかったら、残していい」
 そう言って、良守の前にスプーンの差し込まれた小椀を限は差し出した。
 白い小椀の中にはいびつな形に切られた淡い黄色をした林檎が湯気の立つ透明な黄金色をした液体に浸っていた。
 林檎の甘い香りと一緒に他の甘い香りが漂い、黄金色の液体の中には僅かに茶色い粒が浮かんでいた。
 「……これ…」
「…お前、かなり前にアップルパイ作っただろ。あれの中身、そのままでも食えるって言わなかったか?」
 確かに、限にアップルパイを作った時に中身の林檎は甘く煮ただけでそのままでも食べられると教えた記憶があった。
しかし、砂糖で煮詰める事は味でわかっても、煮詰める具合や調味料までは教えなければわからないだろう。
「…うん、でも、よく作り方わかったな」
「同じ匂いになるようにした…」


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