宝物

□ぴよ様よりvV
2ページ/5ページ


一般家庭に比べたら、やはり少し広めの間取りの台所。
中央には作業台に使われているらしいテーブルが一つ。その上にはおやつ代わりか林檎が籠に置かれている。
 片隅には良守の菓子作りの時に使うエプロンもキチンと畳まれて置かれていた。
 不意に、それらを見て以前良守が自分に甘さ控えめの菓子を作ってくれた事を思い出した。
サクサクとしたパイ生地に挟まれ、柔らかく煮られた林檎の入ったアップルパイ。
砂糖で煮詰めているはずの林檎なのに、甘さは少なく限は普通に食べられ、甘い香りも平気だった。
 そこまで思い出した所で、蛇口から溢れ出ていた水が心地良い冷たさになっている事に気付き、グラスに水を注いで蛇口を止めた。
 グラスから水が零れないようにしながら良守の部屋に戻ると、良守は限の言葉を守ったらしく、制服はキチンとハンガーに掛かっていた。
良守は布団の中でうずくまるように横になってケホケホとまた苦しげに咳込んでいた。
 「大丈夫か?水持ってきたぞ」
良守を布団から抱き起こし、体を支えてやりながらグラスを口元に持っていく。
良守は唇にグラスが付くと、熱で小刻みに震えながらもそのグラスを掴んで自ら水を飲み始めた。
震えて心許ないので、限はグラスの下を掴んだまま良守が水を飲み終えるのを待った。
 良守は半分も飲まないで、グラスを口から離した。
「…‥ありがとう、もう、水、いらない」
「熱あんなら水分取った方がいいぞ」
もう一度グラスを良守の口元に近づけながら言うが、良守は首をフルフルと横に振りながら答えた。
「ごめん…、寒くて、水冷たいから……」
 良守は申し訳なさそうに熱で潤んだ目を伏せて言う。
その言葉に慌ててグラスを離す。冷たい方が熱のある身体にはいいだろうという考えは裏目に出てしまったらしい。
 良守はまた横になりたいと限に伝えた。
咳が出ている所為で、寄り掛かるような体勢は背中が痛いらしい。
 そう察し、ゆっくりと良守をもう一度布団に横たえさせ、掛け布団を首までかけてやった。
 緩く目を閉じる良守の傍らに座り、困ったように良守に訊いた。
「何か欲しいのあるか?場所言ってくれたら取ってくるぞ」
「…ありがとう。じゃあさ、押し入れに毛布入ってるから、一枚取ってくんね…?」
「わかった」
 その後、限は慣れない看病を自分なりに必死に行った。
毛布を良守に掛け、洗面所からタオルを濡らして持ってきて額に当てててやり、風邪薬を探し出して飲ませてやる。
ただそれだけの事なのに、病気らしい病気をした事のない限には不慣れな為か、昼近くまでかかってしまった。
 ふぅ、と息を吐く限に、良守は熱で顔色を赤くさせながら掠れた声で話し掛ける。
「限、ありがとう、もう、俺平気。…風邪移ると大変だからさ、もう帰っていいぜ…」
「お前一人になるだろ。親父さんとか、何時帰ってくるかわかんねぇし」
「平気だって、もう少ししたら、利守も帰ってくるし」
 子供のような不安気な表情を浮かべる限に、良守はくすりと苦笑を浮かべながら答える。
 限は少し悩み、良守の首筋に手を当てて言う。
「まだ熱高いだろ。もう少し、熱下がったら帰る。…何か食え。もう昼だ」
熱を計る限の手の感触に首を竦めながら、良守は嬉しそうに微笑みを浮かべた。
「ありがとう、でも、限も何も食ってないだろ?…台所にあるの好きに使っていいから、何か食えよ。俺はそんなに食欲ないから、父さんにお粥か何か作ってもらうから」


.

次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ