その他長編
□幸せなキスをして
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それは私が8歳の冬のことだった―――
家族で旅行に出かけた帰り道……私たちの車に一台の大型トラックが突っ込んできた。
大きな衝突音がして、私の体は思いっきりシートベルトに食い込んだ。それからは、記憶にない……。
次に目覚めた時には独特の薬品の匂いがして、開いた目に飛び込んできたのは真っ白な天井とそれから覗き込む白衣の男性。
そして、聞かされたのは
もう、私の両親はいないと言う事実。
後部座席に座っていた事。シートベルトをしっかりと着用していたことが幸いして、私は奇跡的に助かり、2週間の入院のみで退院することが決まった。
ただただ何が何だかわからず、言い知れない絶望と孤独感に、気づけば2週間などあっと言う間に過ぎて、いよいよ退院を明日に控えた日の夕方。
彼はやってきた。
「こんにちは。#name#。俺は及川徹。今日から君の保護者だよ。」
「保護者?」
保護者と名乗った彼は、私の手を取ってニコリと笑った。その笑顔に私の不安はなぜか薄れるのを感じる。
まるで、ずっと前から知ってるような懐かしい感覚に、不思議に感じながらも聞き返せば、彼がそっと答えた。
「そう、保護者。まぁ、正確には俺の親が保護者………けど、今海外にいるからさ」
「えっと……じゃぁ、親戚のおじさん?って事?」
「やだなぁー。叔父さんだなんて……まだ俺18だよ?」
「あ……ごめんなさい。」
「いいよ。まぁ、肩書き的には叔父さんだしね。君のお父さんの弟になるのかな……一応」
少し眉をひそめて笑った彼は、事の詳細を教えてくれた。
彼の父……私の祖父にあたる人は昔、凄く若い時に一人の女の人と恋をした。けど、若い二人の結婚は両親に猛反対され、その女性は姿を消したそうだ。
その時、女性は子供を身ごもっていた。その子供が私の父。
祖父がその事実に気づいたのはつい最近で、父は結婚し私も生まれていて、けれど、その女性はなくなっていた。
祖父は援助を申し入れたが、家族3人で慎ましやかに生きるからと断られたそうだ。
……そんな矢先のこの事故。聞きつけた祖父は急いで連絡を取り身元引受人になったと言う。
「そういう事だから、よろしくね。#name#。」
「はい」
彼に、優しく頭を撫でられる。
いたわる様な大きな手に、少し嬉しくなった私は、事故以来、初めての笑顔を見せた。
それから、しばらくは忙しくて、海外から帰ってきた祖父に挨拶をして、両親の葬式をして、新しい学校の手配や引っ越し……
両親の死を悲しむ時間などないまま時は過ぎた。
やっと、落ち着いた頃には桜の咲く季節になっていた。
「#name#、明日からの学校の準備は大丈夫?」
「うん。大丈夫」
「そう。……そうだ!今日は何が食べたい?俺、作るよ」
慣れてきたこの家での生活。けれど、祖父はまた海外に行ってしまい、二人暮らしは広すぎるこの部屋に寂しさを感じ、ふと両親を思い出す。
悲しくなって窓の側に座り空を見上あげれば、徹君がやってきてまた優しく頭をなでる。
「また、両親の事を考えてたでしょ」
「うん。」
「やっぱり、寂しくないわけがないよね。まだ、8歳だ。」
「……」
「悲しい時は泣いた方がいい」
そう言って、自分の胸に私の頭を抱え込む。
ふわりと徹君の匂いがして……その香りが少し、父に似ていて……
私は、その時初めて涙を流した。
泣いてしまうと、両親の死を認めた気がして泣きたくなかったけど……
泣いて見て思った……。なんだか素直に悲しめた事で、やっと両親を天国に送り出せる……そんな気がした。