High Time
□渦中にて
1ページ/1ページ
足早に道を進んでいく。先は見えない。
「これは、どこに向かっているの」
「分からねェな」
強く掴まれているのは私の手ではなく、相当に汚れてしまった袖である。
足元は敢えて見ないようにして歩いている。出鱈目に散らばっている石や枝なんかを避けて歩けるほど、今の私に余裕なんてものはこれっぽっちもないからだ。
「転んでしまう」
「引っ張ってやる」
張り付いた名前の分からない虫が私の首や脚にへばりついている。元来虫嫌いの私は触れる事さえも危ぶまれるその存在。こんな時にはそれが平気になってしまうものなのだ。
「虫がついてるよ」
「取ってやらア」
乱暴に歩くから着物がよれてきている。出来損ないの私には、ちと荷が重いこの着物はボロボロになっていて、見れたもんじゃない。胸元に隙間が空いた。
「はだけそう」
「後で着付けてやる」
頬に何かがぶつかって、通り過ぎていくのがよく分かる。流れる木々に、流れる音に、流れる声に、流れる言葉に、全部がなくなっていく。ねえ、高杉。あんたには何が見えてる。
「嫌いさ」
「聞こえねエよ」
そう呟いて、高杉は私の袖から手を放した。代わりに強く握られた手が痛い。
先の地平線は映らない