ぶん

□記憶を辿れば君が〈2〉
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イルカ先生はやっとオレの気の乱れに気付いたのか、少し狼狽えながら口を開いた。

「え、あの、ですから。受付所で研修をしている時…ひと月前、かな。カカシ先生を見て驚いていたんですよ。」

ニナさんが、と続く。


ひと月も前に?
ニナがいたのは気付かなかった。

どうして早く声を掛けてこなかったのだろうか。

まぁ、早く声掛けられてもオレは気付かなかっただろーケド。だって昨日声を掛けられた時も名前を聞くまでわからなかったんだ。


「なんだかひどく嬉しそうでしたから、その…失礼ですけど、よくいるカカシさんのファンの方かと…。」

苦笑いをするイルカ先生を黙って見つめた。
確かにオレは色んな通り名が有名だから、寄ってくる輩は多い。


「けどお知り合いだと聞いて、声を掛けないのか尋ねたんです。そしたらニナさん…、」

なんて言ったんだろう。

「彼女、気付いてくれるまで待つと、そう言って嬉しそうに笑ったんですよ。」

イルカ先生の言葉の中から、ニナの笑顔が本当に伝わってきた。

ズキン、と胸が痛む。

ひと月たっても、結局オレは気付かなかったというわけだ。
そして昨日、折角声を掛けてくれた彼女にオレは?
どんな態度だった?
今日は?


オレは臆病者だ。


彼女の悲しそうな表情までもが浮かぶ。

走りだしたい気持ちを押さえて、ポケットに突っ込んだ拳をぎゅうと握り締めた。


「声を掛ける時も、すごく緊張してましたよ。カカシさんのこと、とても慕っていらっしゃるんですね。」

いい子ですよね、とそれだけ言うとイルカ先生は片付けに集中し始めた。


気が付くと、
歩きだしていて。

その早さが少しずつ
早くなる。


イルカ先生になんて言ってあの場を離れたか覚えていない。

いーや、今はそんなことどうだっていい。


外に出て彼女の気配を探ると、割りと近くに感じてそっと近づいた。


――見つけた


気配を消して、後ろから追い掛ける。物陰に隠れながら。

明らかに不審人物。

しかし話し掛けるタイミングを損ねてしまったのだから仕方がない、と言い訳じみた独り言。

灯りの少ナイ暗い夜道を、ニナは家に向かってゆっくりと歩いていた。

時折、上を見上げてふらついている。

そんな様子を見て転びやしないかとハラハラしている自分がいて。

オレはこんな、こっそり付けるマネして何がしたいのかと困惑する。


これじゃー、ストーカーじゃないの?


けれど、ここまで来てなんて話し掛けたらいいのか。
思い付く限りの言葉を並べてみても、どれもしっくりこない。

どうしよう、どうしたら、と悩んでいるうちに、
とうとうニナは1軒のアパートの中に入っていった。


(ここに住んでるんだ。)


ぼんやりと見上げる。

木造3階建ての、四角い窓が並ぶ小さなアパート。

しばらく眺めていると、2階部分の窓の明かりがパッとついた。

あそこか、と独りごちる。

確認してどーする。

急に自分の行為か恥ずかしくなった。顔が火照る。

住んでいるアパートまで付けて、部屋がどこか確認して、これじゃあ本当にストーカーだ。
みっともない。


帰ろう、今日はもう。

そう思いつつもぼんやり見上げていると、視線の先でその窓がカラカラと音をたてて開いた。

「 !!」


反射的に慌てて物陰に隠れてしまった。




(オレは何がしたいんだ。)
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