Kafka Novel
□乾杯
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若き日に酒にまさるものはない、
うるわしい人と酌(ク)む美酒(ウマザケ)にかぎる
この世ははかなく夢のよう、
酒に酔いつぶれるにかぎる
天上に月がまたたく時分(ジブン)、帰ろうとしていた私の耳に、そんな詩が流れ込んできた。
何処から、しているのだろう?
不思議に思って見渡すと、存外、其(それ)は早く見つかった―――カフカが噴水の縁(ふち)に座ってるのが。
職員室にすら、電気が灯(とも)ってないので、暗さが目にしみる。
「そんな処で何してるの?」
「良い夜だから、盃(さかずき)をしていた。」
カフカがグラスを揺らし、蒼のワインが波を打つ。
良い月‥‥‥、カフカの台詞を反芻させながら、私は顔を上に向けた。
中途半端な月が一つ、輝いているだけだった。
私が近くまで歩み寄るのを確認してから、カフカが口を開く。
「月を盃に招き入れたが、飲むのは私だけで、月はただ飲まれるばかり。」
原形を留(とど)めぬ月が映り込んだワインを、カフカが口にする。