短編
□よみがえる想い
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暫く歩き続ける事二十分程。
ようやく神宮家に辿り着いた私達二人を、いの一番に出迎えてくれたのは最悪にも秋都だった……。
「いらっしゃい、樹くん」
「こんにちは、秋兄ちゃん」
樹ににこやかに話しかける秋都。そんな秋都に、私は
「多重人格男」
と聞こえるか聞こえないかの声でポソリと悪態つく。
するとそこは流石の大魔お……いえ、秋都。ちゃんと聞こえてた様で、此方へと視線を向けニッコリと笑う。
「やぁ、君も来てたんだ。相変わらず気持ち悪い程血の色をしたファッションだね。その着物」
その笑顔は、樹へ向けた笑顔と同じもの(だと何も知らない周囲の人は思うでしょうね)だけど、目はこ憎らしい程笑っていない。
そんな秋都を見上げ、私は一言。
「似合うでしょ。貴方の為に見立てたの。血に餓えた貴方には美味しそうに見えるでしょうね。食べていいのよ」
「ごめんだけど、遠慮するよ。だって君、食べるにはまだガキだし。骨皮筋衛門は美味しくないし。それに……なんたって君だしねぇ」
「あぁそうね。貴方程の色欲魔になると、一人じゃ物足りないものね。女好きの淫乱男」
「どこで覚えたのかなぁそんな言葉。……ガキは大人しく足し算引き算してろ」
「…………」
「…………」
両者一歩も譲らず。
相手を罵る言葉も、口汚い言葉も、もはや日常茶飯事になりつつある私達。
だから会いたくなかったのに……。
今にも殴り合いになりそうな私達の間に、ひょうきんな声が割り込んで来た。
「なんや相変わらず過熱してんなぁお前ら」
スリッパをペタペタ音鳴らしながら此方へとあるいてくる一人の男。鈴音だった。
大きな欠伸をしながら、ボサボサになった髪をガシガシとかきむしり、へにゃりとしただらしない笑顔を此方へ向けた。
「おはよぉさん」
「おっ、おはよう鈴兄ちゃん!」
先程まで私と秋都のやり取りを呆れ顔で見ていた樹だけど、鈴音が現れた途端何故か緊張した面持ちになった。
「どないしたんや、こんな朝間っから二人揃ぉて」
「あ、あの僕達動物園に行く途中で……それで、あの。子供だけで行くのは危ないから鈴兄ちゃんも一緒に来てくれないかなって……」
「動物園?」
「う、うん」
驚いた。
いつもハッキリ物を言う樹が、何故だかもじもじとして心許ない様に会話してる。
時折、チラリと鈴音を見てはへらっと笑顔を見せて……。
「動物園なぁ。まぁ今日は別段なんもする事あらへんし、ええよ」
中性的な優しい笑みを見せ、二つ返事で承諾した鈴音に樹は手を叩いて喜んだけれど、何故かその時秋都の顔が驚きと共に曇ったのがわかった。
それは本当に一瞬で、よく見ていないとわからない様な変化。
「じゃあ用意してくるさかい、上がって待っとき。秋ちゃん、なんや飲み物でもだしたってんか」
「なっ……僕に命令しないで下さい。自分でしたらどうですか?」
「なんや、なに怒っとるん」
「うるさい!」
初めて聞く秋都の怒鳴り声。そしてまるで小さな子供の様にいじけてそっぽをむく彼。
(珍しい。あの秋都がいじけてる……)
そんな彼の横で、今度は鈴音の方がわたわたと焦りだした。
「あ、秋ちゃん、ほんまどないしたん? 兄ちゃん、なんや嫌な事したんか?」
「黙れって言ってるんだこの無神経男」
鈴音にむかってドスのきいた声でそう言い捨てると、秋都は家の中へと消えていった。
秋都が去ったあと残ったのは、ガクッと崩れ落ち、しくしくと涙を流す鈴音。
「ダメージ1000ってとこね」
クスクスと笑いなが言えば、隣にいた樹がポツリと呟く。
「やっぱり鈴兄ちゃんは……」
そう言ったあと、今度は樹の方が今にも泣き出しそうな表情を見せた。