列伝

□刻
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 春の陽射しから夏の陽射しと変わる6月。

 この日私、茉利はいつもの様に鈴の音へと足を運んでいた。

 伯は朝からどっか出掛けたし、一人でいるのも退屈だし。

 鈴の音に行けば、すぅが美味しい焼きたてのパイやケーキを出してくれる。


 そう、期待に胸を躍らせながら通い慣れた道を歩き続けた。

 なのに……


 カランカランッ


 木製のドアを開くと、ベルの音が鳴り響く。

 この音が鳴ると、いつもすぅが笑顔で『いらっしゃい』って言ってくれるのに、今日はそれがなかった。


「すぅ?」


 名前を呼びながら店内へと足を踏み込む。

 コツコツと足音を鳴らしながら歩くけれど、奥の部屋から出てくる気配もない。


(いないのかな……)


 ううん、そんなはずない。だって鍵空いてたもん。

 辺りをキョロキョロと見渡しながら歩いていると、ふと喫茶コーナー辺りに人影を見つける。


「すぅ」


 その影が探していた人物だと確認出来ると、私は小走りで彼に駆け寄った。


「すぅ?」


 ソファーに腰掛けたすぅは、ぐったりとしていた。


「すぅ、寝てるの?」


 肩を掴んで揺さぶるけれど、反応がない。

 流石にそのおかしい状態に気付くと、私はもう一度、二度すぅの名前を呼び続けた。

 すると……


「起きませんよ。だって今彼は魂を抜かれてますからね」

 少し高めの声が背後から届き、私はバッとそちらへ振り向いた。

 そこにいたのは、伯より少し高めの背格好をした一人の少年。

 鳥の羽で出来た扇で口許を隠し、こちらを見ていた。


「なんで……なんでいるの? こんな所に」


 なんで貴方がこんな所に……。


「成績優秀の"あの"伯がなかなか仕事を終えないなと思っていたら……そう、貴女のせいですか。茉利・ミラグロス」


 威圧する様に私を見下ろすその顔は弱冠笑みを携えているものの、目は笑っていない。


 私は微かな震えを感じながらも、負けじと少年を睨みつけた。


「すぅの魂、返して」

「おや、何を言ってるのやら。私はただ貴方達の代わりに仕事をしただけだよ。この私自らの手で、ね……」

「そんな事、茉利頼んでない。伯も頼んでない。迷惑」


 そうキッパリ言いきれば、少年はクスクスと笑い声をもらす。


「迷惑。頼んでない。えぇ、確かに頼まれてはないですね。私は貴方達へ"命令"したのですから。"神宮鈴音の魂を狩って来い"と。なのに……おかしいですね。何故この者はまだ生きてるのか。鬼帳ではとっくに寿命が尽きたと書いてあったのに……ねぇ」


 言いながら私とすぅの方へと歩み寄ってくる。

 スッと手が伸ばされ、少年の指先がすぅの頬に触れる寸前で私はその手を叩き返した。


「すぅに触らないで」


 睨みあげながら言うと、少年は愉しそうな笑みを顔いっぱいに溢した。

 
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