列伝

□堕天使のオルゴール
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「はぁ、あっつ……」


 季節は秋。そろそろ空気も冷たくなり、木々の色も緑からオレンジや黄色に変わる時季。

 なのに、この暑さ。ちなみに私の今の格好は、黒いジーンズに七分丈のジャケット。

 あんまり厚着はしてないんだけどなぁ。


「というか……」


 時刻は午前中だって言うのに、街道は人、人、人! しかも皆何故か私の方に向かって歩いて来る。

 それを避けつつ、道を進んだ。

 いくらここら辺はマナーがなってないっていっても、普通一々人にぶつかりながら歩く? 普通避けるもんでしょ、こういう時は!

 人の多さと、暑さにイラつきながら、なんとか目的地に辿り着いた。


「はぁ……着いた」


 目的地。それは昨日行ったオルゴールショップ。

 暗い路地裏を通り抜け進む。すると、暫くして昨日と同じ木枠の扉と窓際に飾られた花が視界に映る。


「ここ……よね?」


 ドアノブに手をかけると、ゆっくりと押した。

 ふわり……

 扉を開いた途端、頬を掠める心地よい風。そして……


「いらっしゃいませ」


 いろんな音階が重なる音色の中を、何故かそのテノールの声だけがよく耳に響いた。

 声のした方に視線をやると白い……いや、銀色なのかな? 白銀の髪を腰まで流した、長身の男性が立っていた。にっこりとやわらかく微笑んで。


「あ、あの……」

「どうかなさいましたか?」


 たじろぐ私を見、男性は不思議そうに小首を傾げ尋ねてくる。


「い、いいえなんでも」


 私は顔の前で両手を振り、乾いた笑い声をもらした。

 言えない。一瞬女性に見間違ったなんて……。

 長い綺麗な髪も去る事ながら、整った中性的な顔立ちは近くから見ても多分女性と間違えるはず。間違いなく。完全に。

 なんてグルグルと思考をめぐらせている私の耳に、もう一度品のあるテノールの声が届く。

「何かお探しですか、お客様?」

「えっ? あ、いえ……」

 どうしよう、何を話せばいいかわからない……。


「い」


 ……いお天気ですね。とか何言ってるの自分っ!


「お」


 ……元気でしたか? って初対面だってば!

 自分でボケ突っ込みしながら何を返事してよいのやら、頭がぐるぐるとまわってる。


「お客様?」


 黙り込んでしまった私を心配したのか、頭をさげ近くで顔を覗き込んで来た男性に、私の心臓は高く鳴り響き、早鐘状態。


「大丈夫ですか? 御気分が優れないのであればイスを……」

「い、いいえ! 大丈夫です! ありがとうございます」


 半歩後ろに下がると、ぶんぶんっと勢いよく頭を左右に振った。


「あの、私昨日の男の人に訊きたい事があって来たんです」

「昨日の男の人?」


 男性は、首を傾げ聞き返して来る。


「えっと、黒髪でこうぶっすぅとした顔の……」


 頬をつんつんとつきながら、少年の顔真似をしてみる。


「それで、眉間には皺寄せてて……」

「ほぅ? テメェから見た俺の顔ってなぁ、そんな不細工だってのか」


 誰もいるはずのない背後から声をかけられ、僕は顔真似をしたままの状態でそっと振り向いた。


「あ……」


 振り向いた時、視界に入った少年の顔には怒りマークが無数に現れ、口端を引きつらせながら私を睨む様に見下ろしていた。
 
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