列伝

□堕天使のオルゴール
1ページ/2ページ


「海都」


 薄暗い店内。静寂に満ちた中を、綺麗なテノールが一人の名を呼ぶ。

 呼ばれた人物は窓枠に腰掛けたまま視線だけを声の人物へと向けた。

 声の主、伯は白銀の長い髪を揺らしながら、窓枠に腰掛ける少年の下へと近付いていく。窓から少し漏れる陽の光が、少年のまだ幼さの残る顔を淡く照らしている。


「まだ、怒っているのですか? 昨日の事を……」


 海都の足元へ膝まづく様に腰を下ろし、無表情の顔を見上げる。


「怒っている様にみえるのか?」


 海都の言葉に、伯は表情を曇らせ俯いた。


「勝手な事をして申し訳ございませんでした」

「別に謝らなくてもいいさ。遅かれ早かれ、あいつはここへ来ていたはずだ。だってあいつは迷える者≠セからな」

「はい。ですがあの子は……」

「知ってる。だからあれを渡したんだ。いくら俺達が言ったところで、自分で気付かなきゃ意味ねぇんだ」

「ですが私は辛いのです。あの子が真実を知ってしまう事が」


 ギュッと拳を握り言う伯を、海都は上から見下ろす。


「だが知らない限りあいつが救われる事はない。それはお前も良く知っているはずだ」

「勿論! それが私達の……貴方の宿命ですから……」


 伯は上げた顔をもう一度俯かせる。海都は伯の顎に手を添えると、ゆっくりと持ち上げ自分の方へと向かせた。

 銀色の瞳と赤色の瞳が交わる。

「伯。お前の思っている事も言いたい事もよくわかる。だがな、そんな甘い考えじゃ誰も誰も救えはしない。そう、誰もだ」


 顔を背けようとする伯に、海都は手に力をこめ言葉を続ける。


「あいつだっていつまでもさ迷わせておく訳にもいかないんだ。解るだろ?」


 顔は無表情だが、話しかける声は優しい。

 伯は海都の手に自分の両の掌を沿わせ、コクリと頷いた。


「解りました海都。余計な事を申しました。申し訳ありません」


 海都は溜息をつきながら立ち上がると、店の入口へと行き、ドアの鍵を開けた。それと同時に店内中に飾られたオルゴールが一斉に調べを奏で始める。


「おーおー元気なこった。こいつら皆自分の使命を全うしたいらしい」


 海都はくるりと回り店内を見渡すと、何処か誇らしげに笑う。
それを見た伯も優しく微笑んだ。


「この子達も皆、待っているのですね。自分達を欲してくれる者が現れるのを」

「勿論だ。こいつらは各々意思がある。そういう風に作った。それが俺の仕事だからな」

「……私も頑張らねば、ですね」
 伯は意を決した様に鳴り響くオルゴールを見渡した。

 
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ