短編

□Childhood
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夕暮れ、暗闇、左手の薬指には小さくて不細工な花の指輪。さっきまで泣きべそかいてた幼い笑顔がこう言って消えた。

『おおきくなったら…ボクのおよめさんになってね、アレン!』

男同士じゃ結婚なんか出来ないんだよと毒づいていつもより遥かに早く目が覚める。店の開店まではまだまだ時間がある。オレ様は誰もが寝静まった町を抜け出して川へと向かった。横たわった大木に腰掛けて草木の匂いと水の匂いのする風を思い切り吸い込み目を閉じる。静寂を破ったのは聞き慣れた明るい声だった。

「あれ…もしかしてアレン?こんな時間にどうしたの?」
「ロッドか、オレ様はやけに早く目が覚めたから散歩してるんだ」
「奇遇だね。ボクもちょっと変な夢で目が覚めちゃって」

そう言いながらロッドはオレ様の隣に腰掛ける。その足元に揺れていた一輪の花に今朝の夢の光景が蘇り、らしくもないがロッドから目を背けた。

「昔はよく近所の川でも遊んだよね。水切りとか魚釣りとか」
「大抵お前は遊ぶ度に何かしらで泣きべそかいてたな。水切りが上手く出来ないだの、怪我をしただの」
「えへへ…そうだっけ?」
「そうだったぜ。遅くまで遊びたいってだだこねたわりには日が落ちると怖い怖いってオレ様にしがみついてたな」
「うーん、恥ずかしいなあ」

そう言って頬を掻いたロッドは「じゃあ…」と話を切り出してきた。

「アレンがボクのお嫁さんになってくれるって約束は、覚えてない?」
「っ…何だ、それは」
「そんな暗い帰り道でボクが『アレンがいなくなっちゃったらどうしよう』ってまた泣きべそかいてたらアレンが言ってくれたんだよ。『オレ様はいつまでもお前と一緒にいてやる』ってね」
「そう…だったか」
「そうだったよ。だからボクはキミに花の指輪を作って言ったんだ」

頭の中でさっきまで泣きべそかいてた幼い笑顔が言った。

『おおきくなったら…ボクのおよめさんになってね、アレン!』

だけども目の前の笑顔はもう泣きべそなんてかいていなくて。オレ様は不覚にも胸が苦しくて仕方がなかった。この胸の苦しみは…確か、あの時にも感じたもので。

「ボクは、いつか花の指輪じゃなくて本物をキミに渡したいと思ってた」
「ロッド…?」
「それなのにキミはいつの間にかボクの傍を離れていって…いつの間にかこの町で美容師を始めてて…だからボクは」
「ロッド、オレ様は」
「だからボクはキミを追ってこの町に来たんだ。キミに指輪を渡す為に」

左手を取られて薬指に嵌められたのはピッタリの指輪。ロッドはオレ様に微笑みかけると共にその指輪にキスを落とす。

「大きくなったよ、だから…ボクのお嫁さんになってください」
「………馬鹿ロッド、男同士じゃあ結婚出来ないんだぜ」
「知ってる。でももうそんなの関係ないくらいにキミを愛してるんだ」

朝焼け、暗闇、左手の薬指には洒落た宝石の指輪。オレはロッドの耳元で小さく囁いて微笑み返した。

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