Honey*Rabbit
□トライフル
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視点:入江一葉
『ふぅ……』
試合も終わり、わたしはほっと溜息を着いた。
矢野さんは、いつの間にか見物に来ていた兄さんの話を聞き、悔しそうに顔を歪めていた。
矢野さんは決して弱いわけじゃない。
パワーはそれなりにあるし、筋力や瞬発力だって備えてある。
ただ、それじゃ補えていない小さな弱点があるだけ。
だから……
『あの、矢野さん』
わたしは反対側のコートにいる矢野さんに小走りで近付いて行った。
『その……もっと、手首の力を抜いてみてボールにトップスピンの回転をかける練習をした方がいいです。そうするだけで他の動きにも更に磨きがかかります。なので、手首を柔らかくする運動を、今まで以上にしてみて下さい』
矢野さんは、わたしの助言に驚いたような表情をした。
「そういうの、分かるの?」
『えっと、それなりにですが……』
特に専門知識がある訳でもなく、自信があるわけでもないので、自然と語尾が小さくなってしまった。
ぎゅっとラケットを両手で抱きしめながら言うと、矢野さんはスッと右手を差し伸べてきた。
「握手」
『え?』
「試合、終わってからしてないから一応。強いね、君。それとアドバイスありがとう」
そう言う矢野さんはどこか優しい笑みを浮かべていた。
『はい……っ!』
わたしは差し出された手を握った。
トライフル
翻弄するの意味を持つ言葉、それがわたしのテニス。
(名前で呼んで良い?)
(はい、名字だと兄さんと被ってしまいますし、名前の方が嬉しいです)
(一葉、兄貴いるの?)
(え? さっき矢野さんと一緒に喋ってたじゃないですか)
((……ああ、やっぱり入江奏多さんの妹だったのか))
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