後日談

□再就職
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【初授業】


ユイ・スネイプの名前は、瞬く間にホグワーツ中で呼ばれるようになった。

活躍を知る者はもちろん、知らぬ者も校長と同じ名字というだけで興味を持った。


ユイの初授業は2日の午後。

それまでの間に、生徒たちの期待値は様々な形で上がりきっていた。



「あの人、僕の両親と同級生だったんだ。スネイプ校長はそのときの魔法薬学の先生」



地下牢教室に向かいながら、ヒューゴ・グレンジャー=ウィーズリーが自慢気に言った。


「なんでも凄く頭が良くて、スリザリンなのに気さくで良い人だって」

「待って待って。それじゃあの先生、50代なの?」

「えーっ、見えない!」

「それより教師と生徒だったって本当?」

「本当よ」



教室についたところで、リリー・ルーナ・ポッターが会話に混ざった。



「校長は私の祖母をずっと想っていたの。それでもあの人は、全て知った上で校長を支えて、命がけで守って、卒業と同時に交際がスタートしたんですって。素敵じゃない?」

「相手がかっこよかったら、そうだろうね」



あっという間に注目を全部持っていかれたヒューゴは、面白くなさそうに言った。



「だけどあの人、見るからに最悪じゃないか。パパの言ってたとおりスピーチも嫌味っぽかったし……年齢も相当違うだろう?」

「実のところ、そんなに違わないらしいわよ」

「あの姿で?」

「学生の頃から年齢不詳だったみたい」



肩をすくめるリリーに、ヒューゴは「ヤバイ者同士か」と言い、頭の後ろで手を組んだ。

もうじき授業が始まる地下牢教室では、既に様々な噂話が飛び交っている。

年齢もそのひとつで、中には不老不死なんじゃないかというとんでもないものまであった。



「さあ、そろそろだ」



ベルが鳴ると同時に、バァンと勢いよくドアが開いた。

そしてそのまま、反動で戻っていく。



『あ、あれ!?』



ドッと笑いが起こった。

ユイは『練習したのにな』とブツブツ言いながら教壇へ上り、咳払いしてから黒い瞳で教室を見回した。

その強くて不思議な輝きに魅せられ、ざわめきは次第に静まっていった。



『このクラスでは、魔法薬調剤の微妙な科学と、厳密な芸術を学びます。杖を振って呪文を唱えることはしないため、これでも魔法かと思う人もいるかもしれません。ですが魔法薬もれっきとした魔術です』



ユイは両手を突き出し、右手で杖を、左手で試験官を振った。

すると机の上にあった羽ペンの1つがフランスパンくらいのサイズになり、あとを追うように魔法薬を垂らされた羊皮紙がマントのようになった。

“肥大魔法と膨れ薬の応用です”と描かれた紙のスクリーンを見て、生徒たちがパチパチと拍手をした。



『魔法薬調剤とは、名声を瓶詰めにし、栄光を醸造し、死にすら蓋をすることができる――そういう技だと、私の師匠が教えてくれました』

「それってスネイプ校長ですか?」

『ええそうよ。もちろん』



にっこり笑ったユイは、それからスネイプが魔法薬学教授としていかに優れていたかをとめどなく話した。

噂の中にあった「彼女に校長を語らせてはいけない」というものは本当だったらしい。

10分ほど経ったところで、リリーがたまらず手を上げた。



「先生は大勢の人を救ったと聞きました。今おっしゃていた“死にすら蓋をする魔法薬”を使ったんですか?」

『ある意味では、そうね。でも魔法薬を毒にするか万能薬にするかは使う人次第よ』



これは杖を使った魔法にも言えるわね、とユイはしみじみ言った。



『だからみんなには、魔法薬学の知識や技術だけではなく、使い方についても学んでほしいの。何のために勉強をしているのか、授業で得た知識をどう使うか……それを考えることが大事よ』

「薬も呪文も、使い道は決まっているんじゃないですか?」

『教科書に載っている使い道は模範的な一例に過ぎないわ』

「それすらできない人に先はないってこと?」

『んー、薬なら買っちゃえばいいんじゃない?』



さらりと投げられた爆弾発言に、生徒はみんな驚いた。

作れないなら買えばいいなんて、調合法を教える先生の言葉とは思えなかった。



『ズルできるところはズルして、楽できるところは楽して、誰かに頼れるところは頼って……空いた時間で自分にしかできないことをしっかりとやればいいんじゃないかしら』

「自分にしかできないこと……」

『大切な人を守ることよ。恋人でも友人でも家族でも……なんなら人じゃなくて夢でもいいわ。でも自分を貫くためには、たくさんの知識と実力がいる』

「なんだ、結局勉強しろってことかぁ」

『そうね』



がっくり肩を落とす生徒たちを見て、ユイはクスクス笑った。



『もう無理かもって思ったところでちょっとだけ踏ん張るの。動けず諦めた場所で見える景色と、1歩進んだところで見える景色は全然違うから。そして大好きなことを思い浮かべて、たくさん考えて、元気が出たらまた1歩進むのよ』

「それでも動けなかったら?」

『動かず出来ることをするわ』

「例えば?」

『そうね………他の道を探るとか、明日動き出すための休息をとるとか、同じく歩き疲れてしまった人を励ましてあげるとか』



ユイの声は優しかった。

『さあ授業よ』と声がかかる頃には、生徒たちの目は、みないつもよりほんの少しだけ輝いていた。



→おまけ(教室の外)
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