後日談
□再就職
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【スネイプ】
9月1日、19時。スネイプは湖が一望できる塔に登り、暮れ行く世界を眺めていた。
『きれいですね』
「……ああ」
現れたユイが隣に並び、細く骨ばった手を握る。
スネイプは茜色の空に目を向けたまま、初めて校長になったときのことを思い出した。
あのとき見ていた景色は、いつも悲壮感が漂うモノクロームの世界だった。
空も湖もみんな灰色で、夕日を見てもその先に待つ闇のことしか考えていなかった。
このまま身を投げてしまえればどんなに楽だろうかと、天文台の塔から落ちていったダンブルドアのことを考えたこともある。
あれからもう二十数年。
大きな戦争を経て荒廃した森も、崩れた城壁も、全てが元どおりになった。
湖も森も城も、自分でさえも、この美しい景色の中に変わらず在り続けることが不思議でならない。
『あなたが守った世界ですよ』
見透かしたように言われ、スネイプはゆっくりと視線だけを動かした。
年を経ても変わらないものがもう1つ、黒髪をなびかせてそこに立っている。
この黒だけは、いつ見ても暖かく、光り輝いて見えるから不思議だ。
「君が、だろう……ユイ」
あのときはまだ生徒だったなと思いながら、左手に嵌まる2つの銀の輪に意識を向ける。
どこまでも着いていくと豪語していた彼女は、宣言通りにスネイプの側に居続けた。
これからは校長と教授という立場になるが、変わらず会いに来るに違いない。
またあの騒がしい日々が始まるのかと思うと口元が緩む。
『大広間に行かなくていいんですか?』
「宴までまだ時間がある。行きたくば1人で行けばいい」
『教授を残して行くわけないじゃないですか』
当然のように返すユイに、思わず「1度逝きかけただろう」と文句を言いそうになる。
スネイプは鼻を鳴らし、群青色に変わり始めた校庭に視線を戻した。
ランプを持った人影が1つ、ホグズミードに向かっている。
間もなく夜がやってくる。
「行くぞ」
『はい!』
空に星が瞬き、湖にポツポツと灯りが浮かび始めたのを確認し、スネイプはローブを翻した。
その羽にユイを包むようにして、大広間へ続く回廊を降りていく。
「くれぐれも余計なことはせぬよう願いますぞ……ミセス・スネイプ」
『うぐ……わかってますって』
「君の“わかっている”ほど信用ならないものはない。が、期待はしている。せいぜい我輩の不興を被ることのないよう努力することだ」
*
大広間には既に教師陣が上座のテーブルに並んでおり、生徒の到着を待つばかりとなっていた。
スネイプは中央の大きなイスへ、ユイはテーブルの端の空いた席へ座る。
「ユイ、よかった。スネイプを探しに行ったきり戻ってこないんだもの。生徒の方が先に来ちゃうかと思ったよ」
「我輩がそんなヘマをすると思うかね?ロングボトム」
「ひっ」
てんで違う方向からねっとりした声が聞こえ、ネビルは身を縮めた。
ネビルの経験上、スネイプの嫌味がひと言で終わったことはない。
全職員の前でネチネチと責められるなんて……と思ったが、幸いにもすぐ後に大広間のドアが開き、上級生が次々と入ってきた。
「あれ見ろよ」
「セブルス・スネイプじゃないか?」
「新聞を読んでいないの?」
4つのテーブルに分かれて座った生徒たちのヒソヒソ声が、教職員席まで聞こえてくる。
おかげでスネイプの不機嫌の対象は、生徒たちになった。
「諸君。入学おめでとう。我輩が校長だ」
組分けが終わると、スネイプは立ち上がり、何千というろうそくに照らされた生徒たちの顔をぐるりと見渡した。
ざわついていた大広間は、今やシンと静まり返っていた。
誰もがスネイプを注視し、視線が交わると顔を引きつらせる。
規則を読み上げるスネイプの低い声が、広々とした空間の隅々まで響き渡った。
「最後に1つ忠告しておこう。報道や伝聞で我輩を知った気にならないことだ。もし仮に興味本位でそれらの話を振ってくる者があれば、身を持って知ることとなるであろうホグワーツ魔法魔術学校校長の――正当な権利を」
遠まわしに「退学にしてやる」と言ったスネイプの真意が伝わりきらないまま、新任の教師の紹介が始まる。
そしてその真意は、間もなく全校生徒の知るところとなった。
「最後に、魔法薬学を新たに教えるユイ・スネイプ先生だ。――本人たっての希望により、校内ではファーストネームで呼ぶように」
その瞬間、4つのテーブルが大きくざわめいた。
スネイプの殺意のこもったひと睨みで表面上は静かになったが、心中は穏やかでない。
立ち上がったユイが拍手を受けた後にニコッとスネイプに微笑み手を振るのを見て、これは大変なことになったぞと多くの生徒が思った。
Fin.
→初授業(予定)