後日談
□受胎告知
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気がつくとユイはどこかの道端に立っていた。
見覚えがあるようなないような家が並ぶ、どこにでもある通りだ。
寂れているわけでもないのに、通りに人の姿はない。
窓辺にかけられた鉢に咲く花々だけが春を謳歌していてアンバランスさが際立っている。
ユイは両脇にポツポツと並ぶ細い街路樹やガス灯を眺めながら、吸い寄せられるように奥へと進んでいった。
(ゴドリックの谷だ)
中央に戦争記念碑がある広場に出たところで、ユイは“見覚え”の心当たりに気づいた。
季節が違うため気づかなかったが、ここは、分霊箱を捜していたハリーがハーマイオニーと一緒に訪れた場所だ。
教会の先にある墓地にいけば、リリー達の墓があるだろう。
自分がどうしてここにいるのかわからないが、せっかくだから墓参りを――と思ったところで、ユイはあることに気づいて足を止めた。
(家が……)
焼け落ちてもいないし、上階の一部が吹き飛ばされてるわけでもない、新居同然の家がそこにはあった。
うろ覚えではあるが、左右の家の雰囲気からして、ポッター家で間違いない。
ユイは足の向きを変え、気づけば走り出していた。
(ハリーが建て直した……わけじゃないよね?)
玄関の前まで来て、ノックをしようと手を上げたまではいいが、緊張でそこから動けなくなった。
「何してるの?」
『うぉわああ!?』
突然背後から肩を叩かれ、変な声が出る。
飛び上がるようにして振り返ったユイは、両手を顔の前でぶんぶんと横に振った。
『あのいやええと決して怪しい者では!』
「怪しさしかないじゃないか」
愉快そうに笑う青年を見て、ユイは目が点になった。
ハリーによく似たくしゃくしゃの髪の毛、ハシバミ色の目、その上にかけられた丸い眼鏡――。
『じ、ジェームズ……?』
「正解」
ジェームズはキメ顔でユイに人差し指を向けたあと、勢いよくドアを開けた。
「リリー!ユイが来たよー!」
『えっ、あの、ちょっと』
「さあさあ、遠慮しないで」
『遠慮とかじゃなくて!』
(何この展開!?)
ジェームズは混乱するユイの肩を抱き、強引に家の中に連れ込んだ。
整頓された家の中にはきれいな赤毛を1つに束ねたリリーがいて、「いらっしゃい」とハリーによく似た瞳を細めた。
(なんでこんなにフレンドリー!?)
学生時代に会っていることには会っている。
が、そのときの記憶は消えているはずだ。
残っていたとしても、とても家に来るような仲がいい関係ではなかった。
特にジェームズ。
確か薬品をかけてトロピカルにしたはずだ。
「どうぞ、座って」
『いや、でも』
「遅いじゃないかまったく。もう来られないんじゃないかって話していたところだったよ」
またしてもユイの意向を無視し、ジェームズがユイをソファに座らせた。
いつの間にか目の前にはローテーブルがあって、クッキーが乗った大皿と紅茶が3人分置かれている。
「さあ飲んで飲んで」と言われても、怪しすぎて手が出せない。
(どういう状況!?)
なぜ2人は生きているのか、なぜ自分はここにいるのか、考えれば考えるほど混乱してくる。
というより、まったくもって頭が働かない。
そのうち、何もおかしなことはないのではないかという気にすらなってきた。
(いいやなんでも!)
こうなったら流れに乗るしかないだろうと、ユイはカップに手を伸ばした。
「何年振りだろう。6年?7年?まあ何年でもいっか」
ジェームズはにっこり笑いながらリリーの隣へ移動した。