後日談
□13.生存者
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彼女に会いに行こうと決めたのは、単なる思い付きではなかった。
あの日からずっと、心のどこかで気にしていた。
自分勝手な理由で救った彼女が、今どうしているのか――。
1年が過ぎ、リドルの肖像画を完成させて改めて、ユイのベラトリックス・レストレンジへの思いは強くなっていた。
『あの、教授、お願いが……』
「言ってみたまえ」
いつものように「断る」と即答されると思っていたユイは、拍子抜けして次に続ける言葉を見失った。
『まだ何も言ってないじゃないですか!』という答えしか準備していなかった。
間抜けな表情で固まったユイを見て、スネイプは鼻で笑った。
どうやら今日は機嫌がいいらしい。
「断った方が都合が良さそうですな」
『いえいえいえいえ!』
意地の悪いセリフのおかげでユイはいつもの調子を取り戻し、アズカバンに連れて行ってほしいのだと告げた。
スネイプの眉がピクリと動いた。
「何のために?」
『ベラトリックスさんに会いに行きたいだけです』
「ただ“会いたい”という理由のみのはずがあるまい」
スネイプの表情が険しくなってきた。
彼女の名前を出すべきではなかったのかもしれないと思ったが今さら遅い。
スネイプはユイを詰問する体勢に入っていた。
「納得のいく理由を述べねば手を貸すわけにはいきませんな我輩は君のポートキーでもなければ馬鹿なお人よしでもない」
『絵を……持って行こうと思って』
「絵?持っていってどうする」
『それだけです』
様子を見て、可能なら話して、絵を渡したいだけだ。
他にどうすることもできない。
スネイプはユイの目をじっと見た。
嘘がないと判断し、ため息をつく。
「あの女が君の訪問を歓迎することはない。たとえ闇の帝王の肖像画を持参したとしてもだ」
スネイプはきっぱりと言い切った。
相変わらず鋭いなとユイは思った。
ユイは絵と言っただけなのに、スネイプはリドルの肖像画のことだとすぐに見抜いた。
立ち上がり、ユイの近くまで来て見下ろす――威圧感たっぷりのこの姿勢は、説教が始まる合図でもある。
次に正座しろと言われるのではないかとユイはビクビクした。
「我々は裏切り者でありあやつにとっては敵だ。肖像画を持って行くなど、神経を逆撫でするようなものだ」
『そう……でしょう、か?』
「主が死に、自分は投獄され、そこに裏切り者が肖像画片手にやってくる――負け犬を笑いに来たとしか思われないでしょうな。下手をすれば殺されかねん」
『でも、それ、私のせいでもあるので……』
ベラトリックスはあの戦いでヴォルデモートよりも先に死ぬ予定だった。
それをユイが止めた。
敬愛する人を守りきれず、自分だけが生き残る辛さは想像に難くない。
だからこそずっと気になっていた。
「余計なお世話というやつですな」
スネイプは鼻を鳴らした。
今度は呆れたときや馬鹿にしたときにする仕草だ。
「自分勝手な理由で生かしたことを後悔しているなら自分勝手な理由で会いに行くことも後に後悔しかねない」
『……はい』
スネイプの言う通りだ。
生かしたこと自体を後悔しているわけではないが、今後もずっとそうだとは限らない。
もう少しよく考えてからのほうがいいのかもしれない。
幸いにも1週間後には夏休みだ。
じっくり考えて、それでも行きたかったらまた頼もう。
必要なのは移動手段だけのため、スネイプにこだわる必要もない。
投獄経験のあるルシウスとシリウスなら場所を知っているだろう。
場所が場所だけに嫌がるかもしれないが、その場合は行き方さえ教えてもらえればいい。
ユイは回れ右をした。
「夏休みに入ってからだ」
すぐにスネイプに声をかけられ、ユイは振り返った。
スネイプの背後でダンブルドアがウインクをしている。
そういえばこの人は断ると言いつつも願いを聞いてくれる人だった。
「7月1日、時間は任せる」
『え?――あ、でも』
「やらずに後悔するよりはいいと我輩に啖呵を切ったのはどこの誰でしたかな」
『……そうでした。ありがとうございます!』
自分で言うのもなんだが、最近のスネイプはちょっとユイに甘い気がする。
真意が気になるところだが、スネイプの気が変わらないうちに、そしてスネイプのおかげで行く勇気が出てきた自分の気持ちが変わらないうちに、ユイは13時に会う約束を取り付けた。
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