死の秘宝
□33.プリンスの物語
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スネイプは去っていくハリーの背中を見送り、目を閉じた。
このまま静かに眠りにつきたい気分だったが、傍らの男がそれを許してはくれなさそうだった。
先ほどからずっと耳元でぎゃんぎゃん騒いでいる。
どこぞの犬ではないのだから、と思うほどだ。
「目を閉じるな!なんでもいいからしゃべってろ!」
と、無茶苦茶なことを言う。
怪我人相手に言う台詞ではない。
適切な処置を施したら、静かな環境で安静にさせておくべきだというのは、マダム・ポンフリーに言われなくともわかる常識だ。
「無駄な、ことを……」
スネイプは薬が入った瓶に肥大呪文をかけているクィレルを見て内心ため息をついた。
簡単に量を増やせるほど魔法薬は単純な代物ではない。
1つ1つにじっくり時間をかけるからこそ、呪文に負けずとも劣らない、個性的で素晴らしい効果が得られるのだ。
瓶に肥大呪文をかけて容積を増やしたところで、希釈されるだけであり、1本あたりの効果は変わらない。
そればかりか、万が一呪文が失敗すれば、魔法薬の効果ごと台無しになる。
ユイならこんな愚かなことはしないだろう。
スネイプが鼻をひくつかせると、クィレルは舌打ちをした。
どうやら鼻で笑うつもりだったとわかったらしい。
「無駄かどうかは、やってみなければわからないでしょうが」
「無駄だ……」
スネイプは血の海にだらりと下がった自らの腕を見た。
もうほとんど全身の感覚がない。
薬が効いているのか、神経が麻痺しているのか、痛みもほとんど感じない。
ぼーっとした頭と、暗い室内を映す目と、呼吸とも声ともつかない音を発する口だけが今のスネイプを形成している。
そしてそのどれもが、次第にスネイプから遠ざかっていく。
まるで魂と体とが別々の場所にあるようで、不思議な感覚だった。
「血は止まったが……流しすぎだ!」
クィレルが呻いた。
それはそうだろうとスネイプは思った。
喉を噛み切られたのだ。
普通ならとっくに死んでいる。
出血が止まったのもまだ意識があるのも奇跡に近い。
この男が後生大事に取っていた薬は、それなりに効果があったようだ。
作り主であろう“自称弟子”を、スネイプは誇らしく思った。
しかし一方で、どうせ長くは持つまいとも思っていた。
いかんせん量が圧倒的に足りていない。
クィレルが薬瓶を取り出した時点で、そのことには気づいていた。
死喰い人になってから、“死の恐怖”を感じたことは何度もある。
しかし、実際に“死”を目前に控えたのはこれが始めてだ。
スネイプが想像していたものとはだいぶ違った。
噂に聞く走馬灯とやらが訪れることもない。
思い返して楽しい人生ではなかっため、ありがたいことだ。
「もう、良い……」
思い残すことが何もないと言えば嘘になるが、やるべきことはやれた。
惜しむらくは、最後に見たユイの表情が“絶望”だったことだろうか。
ハリーの話では、スネイプがわざと突き放すような発言をしたことに気づいてはいたようだが、それでもやはり、いままで尽くしてくれた人物にああいう顔をされるのは、心が痛んだ。