死の秘宝
□26.セブルス・スネイプ去る(前編)
1ページ/5ページ
5月になり、眠れない夜が続いた。
監督生に与えられた1人用の部屋で、ユイは手帳を開き、無数に書き込まれた文字の羅列と、その上に引かれた黒い線を何度も繰り返し見ていた。
思いつく限りのことはやった。
できなかったことがあるとすれば、弓を使った魔法の習得くらいだ。
数年間練習をサボっていたため期待はできなかったが、それでも何かの足しになればと今年になって練習を再開した。
が、予想通り、並以上のことはできなかった。
ユイは、杖を使わないと自分の魔法の能力は極端に落ちるのだろうという結論を出した。
『飛行術や姿くらましがうまくできないのもたぶんそのせいよね』
「君の能力が著しく劣っているだけだ」
『……リドル、夜中に女子の部屋に勝手に入るだなんて、優等生のやることじゃないわよ?』
ユイはランプの光で橙色になった半透明の好青年を横目で見ながら言った。
この無駄にハンサムな青年は、最近ユイの独り言に反応して勝手に出てくることが多い。
『前も言ったけど、夜這いをするなら、ちゃんと手順を踏んでちょうだい』
「馬鹿なの?気づいていないようなら教えてあげるけど、君にはそういう方面の魅力は一切ない」
『別の方面の魅力ならあるってことね。ありがとう』
「……勝手にそう思っていれば?」
交わされる言葉が皮肉や憎まれ口ばかりだったとしても、話し相手がいれば気が紛れる。
ユイは手帳を閉じ、リドルのほうを向いた。
どういう仕組みなのか、光が体全体に染み込み、リドル自体が光っているように見える。
神々しいと言ったらリドルはきっと喜ぶだろう。
それは悔しいので口には出さなかったが、リドルはなぜか勝ち誇った笑みを浮かべていた。
『ねえ』
ユイは聞いた。
人を見下した表情の中にある陰は、きっと不安や恐れなのだろうと思った。
ヴォルデモートが分霊箱を破壊されて恐怖しているのと同じように、リドルもまた不安定な存在のままどうすることもできないことに怯え始めている。
『リドルは、どうしたい?』
「言ったら、その通りにしてくれるの?」
『可能な範囲で、ね』
「君の全てを僕のものにしたい」
『またそうやって誤解を生むようなセリフを言って。そんなんだから“たらし”って言われるのよ』
「受け取る側が勝手に自分に都合のいい用に解釈しているだけだ。それに、僕はそんな不名誉なレッテルを貼られたことはない」
『はいはい。要は私を乗っ取って肉体も力も自分のものにしたいってことでしょ?』
「わかっているならいちいち茶化さないでくれるかな?むかつく」
この“むかつく”と言いながら鼻頭にわずかに皺を寄せるしぐさが案外可愛いことにきっと本人は気づいていない。
ただ、それさえも計算なのではないかと思えるのがトム・リドルという男の恐ろしいところだ。
『ま、ツンデレは歓迎だけど』
「何が歓迎だって?」
『なんでもなーい』
ユイの忍び笑いは、ラジオのザザッという独特の音にかき消された。