死の秘宝
□17.冬のアリア(後編)
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無事に学校にたどり着いたユイは、何か聞かれる前にと思い、全速力で校長室へ向かった。
スネイプに会うために校長室へ行く、というのはまだ慣れない。
やはり育ちすぎたコウモリは、朝日がたっぷりと注ぐ塔のてっぺんよりも、薄暗い地下のほうが似合う。
ガーゴイルに護られるのも性に合わないんだろうなと忍び笑いしながら、ユイは合言葉を告げて螺旋階段に飛び乗った。
ノックをすると、しばらくの沈黙のあとにドアが開いた。
『あけましておめでとうございます!』
「……」
『あ!言いたいことはわかりますよ!なんでここにいるんだって顔してますから!』
「では無駄話をせず始めから理由を述べるべきでしたなMs.マルフォイ。家族はどうした」
『元気です!』
「君の家族の健康状態には興味はない。しかしなぜマルフォイ家にだけ一斉登校の通知が届いていないのかは気になりますな。家がなくなったのではないとすればフクロウ便の調査が必要なようだ」
そういえばそんなものが来ていたかもしれない。
かもしれない、と思うほど印象には残っていないものだった。
ユイは早く学校へ帰れることに舞い上がっていたし、ルシウス達は元より学校からの指示など気にする性質ではない。
不覚にも、今のホグワーツの校長がセブルス・スネイプであるといことを、ユイはすっかり失念していた。
つ……と背中を冷や汗が伝う。
「なるほどあえて我輩の指示に従わなかったということか」
『いえ、ええと、どうしても今日、教授に会いたくて!』
「そのようないい加減な答えで我輩が納得するとでも思っているのかね。明日ではなく“今日”会うことに何の意味がある」
『だって“今日”は、スネイプ先生の誕生日じゃないですか』
カレンダーを指差そうとして、ユイは部屋の中にカレンダーがないことに気づいた。
振り子時計や砂時計、日時計など、時計の類はたくさんあるのに、日付を示すものは1つも置かれていない。
そういえばホグワーツでカレンダーらしきものを見た覚えがないなとユイはふと思った。
「なぜ知っている」
ユイが部屋の置物からスネイプに視線を戻すと、スネイプはユイに疑いの眼差しを向けていた。
誕生日を知っていること自体は悪いことではないのに、つい癖で謝ってしまいそうになる。
「ユイ、我輩は君に誕生日を教えた覚えはない」
『じ、情報通ですから』
「――ルシウスか」
『そんなところです』
ユイはあいまいに答えた。
スネイプが言うとおり、今まで本人の口から誕生日を聞く機会がなかった。
だから、一度も祝うことができていなかった。
ユイは、毎年のクリスマスに少し早いハッピーバースデーの意味も込めてプレゼントを贈っていたのだが、今年だけはどうしても誕生日として祝っておきたかった。
『クリスマスに何も渡せませんでしたから、どうしても今日渡したくって。――お誕生日、おめでとうございます!』
ユイはカバンの中から、自分でラッピングした箱を取り出した。
箱の中には、ユイが身につけているものと同じブレスレットが入っている。
なんの装飾もない、ごくシンプルな腕輪――そう見えるよう、徹底的に魔法をかけてある。
クィレルだけではなく、リドルのお墨付きだ。
バレるはずがない。
そう思ってはいても、ユイの口の中はカラカラになった。
『どうぞ!』
一向に手を出す気配のないスネイプに、ユイは強引に箱を押し付けた。
怪しまれてはいないだろうかと恐る恐るスネイプの顔を見上げると、スネイプは目を丸くして驚いていた。
どうやら受け取る気がないのではなく、驚きのあまり動けないでいるようだった。
(もしかして、誕生日プレゼントもらったことなかったりして……?)
そんなまさかとは思いつつも、ありえるのがセブルス・スネイプという男だ。
少なくとも、ここ十数年はもらっていなくてもなんらおかしくはない。
クリスマスプレゼントすらまともに交換していないのではと、物が増えた様子のない校長室を見渡してユイは思った。
『先生?』
「あ、ああ……」
珍しく慌てた様子で、スネイプは箱を受け取った。