謎のプリンス
□08.無言呪文
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次の日、新しい時間割表を握り締め、ユイは教室の前でそわそわしていた。
念願叶って防衛術を教えることができるようになったスネイプの授業を受けることが出来るのは心底嬉しい。
だが、昨日の失態の後、まだ会話らしい会話ができていないことがネックだった。
『怒ってるかな?怒ってるよね?』
「知るか」
『だって時間割配られた時も何も言われなかったし……』
「何も問題なかったからだろ」
『あいさつもなしよ?』
「いつもだろ」
朝食後、6年生は時間割作成のため大広間に残された。
どの寮でも寮監が1人1人のところに赴き、OWLの結果や将来の志望と照らし合わせながら、時間割を作成していた。
また将来の話を振られるかと思っていたが、スネイプは無言でユイの申込書を受け取り、一瞥しただけで新しい時間割を作成し、すぐに隣のゴイルの時間割に取り掛かってしまった。
クラッブもそうだが、2人ともだいぶ空欄が多い時間割になってしまうらしく、少しでも科目数を稼ぐためにも“魔法生物飼育学”を取ってはどうかと言われていた。
そんな会話すらうらやましく思ってしまう自分は重症だと思いながら、ユイは本を抱え、話し込んでいるハーマイオニー、ロン、ハリーの先にあるドアを見つめた。
「お前はいつからそんなに乙女チックになったんだ」
『失礼ね!私はいつだって乙女よ!』
「ふーん。僕はてっきりただのおめでたい変人かと思っていたけどな」
壁に寄りかかったドラコが鼻をならしながらユイに言うのと同時に、教室のドアが開いた。
両開きのカーテンのような黒髪で縁取られた土気色の顔をしたスネイプの登場に、廊下で待っていた行列がたちまちシーンとなった。
「中へ」
スネイプが言い、生徒達はぞろぞろと教室の中へ足を踏み入れた。
ユイも他の生徒達と同様に、きょろきょろと辺りを見回しながら入った。
今年もまた模様替えを余儀なくされた闇の魔術に対する防衛術の部屋は、3階だというのに地下牢と同じ雰囲気が漂っていた。
燦々と太陽が降り注ぐ窓にはカーテンが引かれ、ろうそくで灯りを取っている。
壁にかけられた新しい絵の多くは、身の毛もよだつ怪我や奇妙に捻じ曲がったからだの部分をさらして、痛み苦しむ人の姿だった。
薄暗い中で凄惨な絵を見回しながら、生徒達は無言で席についた。
「我輩はまだ教科書を出せとは頼んでおらん」
ドアを閉め、生徒と向き合うため教壇の机に向かって歩きながら、スネイプが言った。
数人が慌てて教科書をカバンに戻す中、ユイは久しぶりのスネイプの大演説に備え、背筋を正した。
「我輩が話をする。十分傾聴するのだ」
暗い眼が、顔を上げている生徒達の上を漂った。
ハリーの顔に、他の顔よりわずかに長く視線が止まった。
「我輩が思うに、これまで諸君はこの学科で5人の教師を持った」
この教室でスネイプの授業を受けるのは初めてではないが、それでもやはり地下牢教室以外でスネイプの授業を受けるというのは不思議な気持ちだ。
妙にドキドキする。
「当然、こうした教師達は、それぞれ自分なりの方法と好みを持っていた。そうした混乱にもかかわらず、かくも多くの諸君が辛くもこの学科のOWL合格点を取ったことに、我輩は驚いておる」
(褒めてるんだよね?)
嫌味との線引きが難しいところだが、猫なで声ではないし、嫌味な笑みもない。
OWLの時のような脅しともとれる言い方とも違うから、純粋に思っていることを口にしているのだろう。
思い込みかもしれないが、少し得意気にも見える。
ユイがドキドキするのは、スネイプがいつもより生き生きして見えるからなのかもしれない。