不死鳥の騎士団
□8.組み分け帽子の新しい歌
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窓の外の天気は不安定で、今にも雨が降り出しそうだった。
ユイがホグワーツ特急で学校へ向かうのはこれで2度目だ。
1度目は3年生のとき。
ディメンターが車内に乗り込むという大事件が起こった年だ。
(あれからもう、2年)
あの時ディメンターがユイに見せた悪夢は、今でも鮮明に思い出せる。
次々とユイの目の前で、大切な人達が死んでいった。
戦争が始まれば、誰もがみんな幸せに――なんてことは無理だ。
それでもせめて、あの時に見せられた悪夢が現実のものにならなくてすむようにしたいと思う。
大好きな人が大蛇に噛み切られる姿を思い出し、ユイはぎゅっと目を閉じた。
(あと、3年)
気づけばホグワーツで過ごしてきた時間は、残された時間を上回ってしまった。
もう、1秒たりとも無駄にはできない。
「ユイ?」
名前を呼ばれて顔を上げると、ドラコが脇に立っていた。
「大丈夫か?」
『ん。ごめん、何?』
「時間だ。――見回り、どこか具合が悪いなら僕だけで行ってくる」
『ううん、大丈夫よ!ありがと――でっ』
ドラコの小さな気遣いに感激して勢いよく立ち上がったユイは、右手を勢いよく肘掛にぶつけた。
右手を擦りながらドラコについていこうとするが、ドラコはその場で動かずユイの手をじっと見ていた。
「……もともと頭は大丈夫じゃなかったな」
『んーと、それは心配してるのかしら?』
「馬鹿にしてるんだ」
『はっきり言わなくていいの!』
鼻を鳴らしてスタスタと隣の車両へ歩いていくドラコを追いかけながら、ユイは袖からのぞいていた包帯を隠すためにローブの袖をひっぱった。
『あれ?何かあったの?』
隣の車両に行くとすぐに、ふんぞり返ったドラコが目に入った。
早速、他寮の下級生達にいちゃもんをつけているようだ。
「こいつら食べ歩きをしていたんだ」
『それだけ?』
「マナーがなっていない」
『いいじゃない、飴くらい。わざと注意しようと思っていないと気づかないくらい、些細なことだと思うわ――それにほら、向こうのスリザリン生もやってる』
廊下の端でヌガーを食べながら談笑している7年生の集団を指差すと、ドラコはピクッと眉を動かした。
泣きそうになっていた下級生は、身を寄せ合って事の成り行きを見守った。
『ドラコ、監督生バッヂを持ったからって――』
「ユイが僕を待たせるのが悪い」
ドラコは腕を組んでユイを睨みつけた。
が、下唇がわずかに前に出ていて、怒っているというよりは拗ねているという印象の方が強い。
待っていたからたまたま目に入っただけで、わざと注意する口実を探したわけではないとでも言いたげだ。
『そっか。ごめん。お待たせ』
ユイを置いてさっさと出て行ったのはドラコの方なのだが、ユイが素直に詫びるとドラコは機嫌を直した。
「おいお前達、学期が始まっていなかったことに感謝するんだな。次にみっともない行動を見つけたら減点だ」
「はい」
『はーい』
「ユイ、お前には言ってない」
『あはは、私にも当てはまる言葉かなーと思って』
「フン、ようやく少しは自覚が出てきたようだな」
ユイが横に並ぶのを待って、ドラコは王様のような歩きを再開した。
(気を、使ってくれているのかしらね)
ドラコは手首の印のことを知っている。
だからなのか、ドラコは家を出てから常にユイの右側にいる気がする。
包帯に魔法をかけてもらったため、そう簡単にほどけることはない。
それはルシウスも知っていることだから、彼がドラコに命じたとは考えにくい。
ドラコが自分の意思で、ユイの横についてくれているのだとしたら、それは大きな進歩で、とても喜ばしいことだ。
「……顔」
『へ?』
「周りの目を気にしろと言っただろう」
『あ、ニヤけてた?』
「無自覚か……タチが悪いな」
『ドラコが優しいからつい、ね』
「なっ」
「僕のせいにするな」と言いつつも、ドラコの耳はほんのり色づいていた。
***