炎のゴブレット
□25.直前呪文
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「立てぬのか?情けない。グリフィンドールの力を携えながらこの程度とは失望した。――だが、なんの躊躇いもなく死の呪いを放ったことに関しては褒めてやろう」
喉の奥で笑い、ヴォルデモートは白い杖を拾い上げてクルクルと弄んだ。
呪文が切れ、地面に落とされたユイは、手首に打たれた闇の印よりも、無残に打ち捨てられたリストバントを見て、さっそく決断を後悔しはじめていた。
同時に、フツフツと怒りが湧き起こってきた。
『リドル……』
「その名で呼ぶな!俺様はとうにその名を捨てた!愚かなマグルの……母を捨て、子を捨てた、穢れた血の男と同じ名前なぞ、虫唾がはしる!」
『どんなに別の名前を名乗ったところで、あなたがトム・リドルであることに変わりはないわ』
「黙れ!貴様まで俺様に歯向かう気か!?首飾りがなければ何もできぬ凡人の分際で!クルーシオ!」
『――っ』
「ユイ!」
ユイは衝撃に備えて目をきつく閉じたが、そよ風が吹くのすら感じなかった。
ハリーが叫ぶ声以外、何も聞こえない。
恐る恐る目を開くと、ヴォルデモートは顔をゆがめて杖を投げ捨てた。
「……杖まで持ち主を選ぶとは生意気なことだ――ルシウス!」
「はっ!」
「名誉挽回のチャンスをやろう。確か俺様に小娘を差し出すと言ったな?では言葉通り、俺様に忠実に使えるよう説得しろ」
「お任せください、我が君」
『あら、自分じゃ説得できないって思ったの?』
ユイの言葉にヴォルデモートはこめかみをピクッと反応させた。
走ってくるルシウスを、手を上げて制す。
「調子に乗るな小娘。痛い目をみたいのなら、望み通りにしてくれよう。クルーシオ!」
『ぅあああっ、あ゛あ゛あァァっ』
ピーターから取り上げた杖によって、磔の呪いが放たれる。
容赦ない痛みが全身を襲い、ユイは大きな悲鳴をあげて地面をのたうちまわった。
ハリーがユイの名を呼び、ヴォルデモートと死喰い人達が高々と笑い、ルシウスが複雑な表情で無言で見ていたが、ユイには何ひとつ分からなかった。
そして、突然痛みが止まった。
「他の者に手出しはさせん。だが勘違いするな。俺様自身がじきじきにお前を傷つけ、俺様に従いたくて仕方がなくしてやろう」
全身をナイフで刺されるような痛みが残る中、ユイはフラフラと立ち上がった。
勝ち誇った笑みを浮かべる赤い目を、漆黒の瞳が真っ直ぐに見返す。
『そうやって、力でねじ伏せようとするから、力を失ったときに仲間も失うのよ』
ヴォルデモートが再びピクッと反応した。
『愛を知らずに育って、求めるのが怖くて、力で支配しようとしているんじゃないの?力による服従は簡単で裏切らないものね』
「そうだ。力による支配は絶対だ!特別な才能がある俺様だけに与えられた権利だ!」
『恐怖で支配せずとも、あなたを慕ってあなたについてきてくれる人はいるはずよ。一方通行の愛はつらいし不毛だけど……でも、悪いものではないわ』
「俺様が作る世界に弱きものはいらん!愛?笑わせるな。そんなものが何の役に立つ!」