番外編

□2018バレンタイン企画
1ページ/1ページ

家に足を踏み入れるなり漂ってきた甘ったるい香りに、スネイプは眉根を寄せた。

まるでチョコレート入りの大鍋をひっくり返したかのような匂いだ。

お帰りのキスをしにきたユイが、その場で少し待つよう頼んできたことで、眉間のしわはさらに深まった。



「我輩は君が思っているほど暇ではない」



制止を無視してむせ返るような空気に顔をしかめながらリビングに入ると、スネイプの嗅覚の正確さが証明される光景が広がっていた。

テーブルの中央に大鍋がおかれ、レンガ色のドロドロとしたものが入っている。

スネイプは今日が何の日であるか瞬時に悟った。



「あー!父さんまだだめだよ!」



手をべたべたにしたアークタルスがスネイプめがけて走ってきたため、スネイプはとっさに後ろに下がった。

まんまと父親を部屋から追い出すことに成功した息子が、「おたのしみ」と言いながら肘を使って器用にドアを閉める。

どうしても帰ってきてほしいと頼まれて来たずなのに、除け者にされるとはどういうことか。


「びっくりさせたかったのに」『まだセーフよ』「こんなときに限って帰ってくるのが早いんだから」『楽しみで待ちきれなかったのよ』という会話が中から漏れてきて、ため息をつく。


(明日渡せばいいものを)


スネイプは部屋に向かい、甘ったるい空気に気づかないふりをして時間をつぶし、渡されたチョコレートに驚くという茶番を演じなければならなかった。



「……これは?」

「バレンタインだよ」

「ちょうごうしたんだ」



ふたを開けたスネイプは、どう反応したらいいかわからなかった。

兄のチョコレートには“Be my valentine(私の恋人になって)”と書かれているし、弟のほうは“こうちょう・えらい”だ。



「本にあった、いちばんいいってやつを見ながら書いたんだ」

「ぼくはとうさんのことをかいた」



バツが悪そうなユイの前で、アークタルスとスペルビアはスネイプの反応を心待ちにしている。

嬉しい?喜んだ?という純粋な感情が嫌でも飛び込んでくるため、間違いを指摘するに忍びない。



「……どうも。仕事で疲れたときにいただくとしよう」

「どういたしまして!」



声を揃えた兄弟は、満足気ににんまりした。

そのうしろで、ユイが誰よりもキラキラとした目をしている。

こっちはこっちで、どうもだって!という思考が駄々漏れだ。



「ところで君からのものがないようだが?ユイ」



スネイプが問いかけると、予想外だったのか、ユイは変な驚き声を出した。

「ほらね」とアークタルスがユイに咎めるような視線を送った。



「父さんは絶対に“母さん分”を欲しがると思った」

『一緒に作ったんだから、2人のチョコの中に私の気持ちも入ってるんですっ』

「でもメッセージはぼくしかかいてない」

『うっ』

「ぼくいったよ。じぶんでつくらないとだめだって」

「僕も言ったよ。父さんにもあげないとかわいそうだって」

「……ほう」



今のやりとりでだいたいの流れが読めた。

おそらく最初にユイが息子たち2人にバレンタインのプレゼントをしたのだ。

イベントのことを聞けば、好奇心旺盛なアークタルスは自分でもやりたがる。

そこでスネイプの分を作ることになり、当日渡さないと意味がないと駄々をこね、寝静まってから帰ってくることが多いスネイプが、わざわざ夕方に呼び出されたというわけだ。



「我輩の扱いがよくわかる出来事でしたな。無理やり時間を作って帰ってきた甲斐がある」

「とうさんおこってる?」

「せっかく帰ってきたのに母さんに仲間はずれにされたんだもん。怒って当然だよ」

『違っ!ご、誤解です!』

「では今すぐに出してみたまえ」

『それは、えっと、その……』

「僕しーらない」

「ぼくも」



不穏な空気を察知した子どもたちが、自分たち用のチョコレートを抱えて子ども部屋に逃げていく。


ドアが閉まると同時に、スネイプはユイの唇を乱暴に奪った。



『ま、待って、ほんとに、ちゃんとあるんです。部屋に』

「知っている」



部屋で待たされている間、手持ち無沙汰で開けた引き出しに、スネイプ宛のカードと箱が入っていたのだ。

イライラしていたスネイプは、マナー違反を承知で勝手にそれを開けた。

だから、自分の分があることも、中身がアルコール入りのチョコレートであることも知っている。

フンと鼻を鳴らしたスネイプの口角が上がっているのを見て、ユイの目が点になった。



『子どもたちの前じゃ渡せないってわかってて、出せって言いましたね……?』

「なぜ、そう思う」

『自分たちのと違うって知ったら、そっちも食べたいって言い出すに決まってます』

「原因はほかにもあるのではないか?」



スネイプはチョコレートに添えられていたカードを取り出した。

ユイの顔がみるみるうちに赤くなっていく。

このたった1枚のカードが、茶番に付き合ってやってもいいかと思わせるくらいにはスネイプを浮かれさせていた。



「持てる限りの全ての愛情をあなたへ――」

『よよよ読み上げないでくださいっ』

「子どもたちに教えてやりたいものですな、君たちの母親の愛は全て父親に注がれているのだと」

『なっ』

「仕事に戻る」



スネイプはユイが反論する前に部屋を出て玄関に向かった。

こんなことで子どもと張り合うなんて大人気ないとは自分でも思うが、そういう意味じゃないなどと言わせる気はなかった。

いつもはされる一方だった行ってきますのキスも、スネイプの方から2回3回と唇へ繰り返す。



「なるべく早く帰る」



様子を見に子どもたちが降りてきていることに気づいたスネイプは、見せ付けるようにユイを抱きしめてから、3人分のチョコレートを持って外へ出た。





Fin.
 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ