アズカバンの囚人
□11.不協和音
1ページ/6ページ
シリウス・ブラックが現れた次の日、ユイは朝食を食べるとすぐにスネイプの私室へ向かった。
コンコン、コンコンコン――
大広間や玄関ホールとは違い、休日だというのに話し声ひとつしない薄暗い地下にノックの音が響く。
(いないのかな?)
大広間にいなかったからてっきりまだ部屋にいると思っていたのだが、部屋の主は不在のようだった。
すれ違いかもしれない。
そのうち戻ってくるだろうと考え、ユイはそれまでの時間をつぶすために地下牢教室へ行き、せっかくだからと脱狼薬の作成にとりかかった。
***
(――何をしている)
地下牢教室からする物音に気づき中を覗き込んだスネイプは、予想通りの光景が目に入ってきてため息をついた。
高い位置で髪の毛を1つに縛り、腕まくりをして鍋をかき回しているのは、朝から姿が見えなかったユイ・モチヅキだ。
朝食時に見かけなかったのはどうやら入れ違いだったようだが(忌々しいことにルーピンに言われた)、昼食は確実に来ていない。
昨日の今日で何を考えているんだと思い、探し回って見ればこれだ。
「Ms.モチヅキ」
『あ、スネイプ先生!おはようございます』
「団体行動をしろと、昨日言われたのではなかったのですかな?」
『え?ちゃんとパンジーと一緒に朝食に……あれ?やだ、もう1時過ぎ!?』
おはようございますとあいさつするユイに、ふざけているのかと思っていたスネイプは、ユイの慌てように表情を緩めた。
(時間を忘れるほど没頭していたのか……)
暇さえあれば本を読んでいた自分の学生時代が重なる。
毎日のように調合の練習をして、教科書に訂正を入れることに夢中になるあまり、食事を取ることさえ忘れていたこともあった。
「ずっとここにいたのか?」
『はいっ。スネイプ先生を待つついでにと思いまして……先生、どうしてもっと早く来てくださらなかったんです!?呼んどいてひどいですよ』
「我輩は呼んだ覚えは無い」
『ルーピン先生に薬を届けろっておっしゃったじゃないですかー』
「……ああ」
『ああ、じゃないですよ!もうっ、先生遅いから作り始めてたらいつの間にかこんな時間じゃないですか』
朝食後に薬草を取りに行っていたスネイプは、出かける前に一度自室に戻るべきだったと後悔した。
(だいぶ痩せたな……)
糖蜜パイが!だの、お菓子あるからいっか!だの一人芝居をしているユイは、テンションの高さとは裏腹に、顔色はあまりよくない。
もともと小柄なユイの痩せ方は、とても健康的なものとは思えなかった。
大広間で見かける回数が減っているのは気のせいではないだろう。
大広間よりも地下で会う回数のほうが多くなるのではないかと思えるほどだ。
「……食事を」
『大丈夫ですよ。それにもう1時すぎですから、大広間行っても誰もいませんって』
「また医務室へ行きたいのか?」
『大丈夫ですって』
「……」
『わかりました行ってきます!』
スネイプの無言の圧力に耐えかねてユイは鍋の前から離れた。
続きをやっておいてくれと頼まれ、鍋を覗いたスネイプは、そこではじめてユイの『作り始めた』の意味を理解する。
(脱狼薬だと?)
よく見れば、鍋の横にはトリカブトの粉末や細かく刻まれた根がきれいに並べられっている。
猛毒のトリカブトは生徒が自由に手に取れるようなところには保管していない。
どこで手に入れたかは、考えずとも答えは出ていた。
(余計な真似をしてくれる)
学生に何のためらいもなく猛毒を送ってくる人物など、ルシウス・マルフォイ以外考えられない。
夏休みに「未来の教授のために協力する」とか言っていたことを、ご丁寧にも実行しているのだ。
「気に食わんな……」
鍋の中身を確認すると、途中とはいえ状態は完璧だった。
***