番外編
□8-6 ナイトメア
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そのとき、シュッと空気を切り裂く音が聞こえてきた。
続けて何かが何かに当たる音。
眉根を寄せて音の出所を探ると、禁じられた森の入り口でユイが弓を引いていた。
「何をしている」
『あ、教授!おはようございます!見ての通り、弓の練習です』
「森番がご希望でしたかな?」
『護身用ですよっ』
凛とした明るい声と得意気な笑顔で、学生時代に現れたユイのことを思い出す。
確かに彼女は、弓と魔法薬を併用してジェームズ・ポッターたちに一泡吹かせていた。
思い出すだけでも爽快な気分になれる出来事だった。
「だからといって、今さら弓など必要なかろう。君は魔女だ。杖を使え」
『杖を振り回すだけが魔法じゃないって教えてくれたのは教授なのに』
「初回授業のことを言っているのか?よく覚えているな」
『ふふ、教授のことならなんでも覚えています』
「では我輩が余計なことはせずじっとしていろと申し上げたのも、当然覚えているのでしょうな?」
過保護だというのはわかっている。
ユイの自由を奪うのは得策ではないということも。
しかしだからといって、正しい愛し方ができるわけではない。
スネイプはそれを知らない。
そういう人生だった。
相手を理解しようとは思わず、どうして理解してくれないんだと不満ばかり募らせて。
その結果、大切なものを失ったというのに、今でも口から出てくるのは小言と嫌味、それから命令ばかりなのだから救いようがない。
『でも見てくださいこれ。ここに矢の代わりに杖を置いて、引く真似をして手を離すと――ほら!光が飛び出るんです!かっこよくないですか!?』
「いや。さっぱり理解できん」
『うそぉ』
「無駄な動きが多すぎる。両手が塞がり、姿勢も固定される。攻撃は単調。ゆえに相手に読まれやすくなる」
『おっしゃるとおりで……』
悔しそうにしながらも、『でもロマンが』とブツブツ言っているユイがこんなにも愛おしいというのに、自分には彼女を束縛し、監視し、敵に牙をむくことしか出来ない。
そう、勝利したのは彼女達の愛だ。
自分のではない。
『教授は見回りですか?』
「ああ」
『今日から新学期ですもんね。朝早くからご苦労様です』
「そう思うのであれば手伝いたまえ」
『はい!』
どうしてだかわからないが、ユイはこんな歪んだ性格の男が好きらしい。
乱暴な物言いであったにも関わらず、弓をしまって嬉しそうに後をついてくる。
それがどんなにありがたいことなのか示すために手を握ってみると、悲鳴を上げられた。