番外編

□7-18.5 医者の不養生
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スネイプが校長になって約半年。

空を映す魔法のかかった天井の下に以前のような賑やかさはない。

誰もが不安と恐怖を――一部の者は怒りを――抱いて、自分の腹を満たすことだけに集中している。


(ユイはまた食事を抜いているのか……)


葬式会場のような大広間を見渡していた暗い瞳が、スリザリンのテーブルを往復したところで止まる。

おそらく唯一であろう、スネイプが大広間に現れるとはじけんばかりの笑顔を向けてくる少女の姿がこの日はなかった。

代わりに彼女の義兄であるドラコ・マルフォイとがしつこいくらいに教職員席に視線を投げてよこした。



「何か思うところがおありのようですな?Mr.マルフォイ」



早々と食事を切り上げ声をかけに行くと、空気がピリッとするのがわかった。

教師に異議申し立てをしようものなら身の毛もよだつ罰が待っていると教え込まれている下級生達だ。

ドラコは大丈夫だと言うようにその子たちに頷いたあとでスネイプを見上げた。



「部屋に引きこもって出てこないみたいなんです」



誰がとは言わなかったが、この状況で該当する人物は1人しかいなかった。

詳しい状況を要求すると、金曜の集会の後部屋に閉じこもり、誰も入れないよう呪文をかけているのだとパンジー・パーキンソンが説明した。

今日は日曜だから、丸1日部屋から出ていない計算だ。



「まさかどこかに出かけているわけではあるまいな?」

「声をかけると返事はあります。でもドアを開けてくれないんです」

「先生、すみませんが、見てきてもらえませんか?」

「……よかろう」



呪文とは考えたものだ。

生徒に罰則を与える特権を持った彼女に物申せるのは目の前の2人くらいだが、うち1人はお世辞にも賢いとはいえず、もう1人は女子寮に入れない。



「我輩だ。ドアを開けたまえ」



足早に向かった地下の寮は寒々としていた。

廊下に差し込む緑の光が心なしか濁って見える。



「ユイ、これは校長命令だ。今すぐに、ここを、開けたまえ」



元寮監、現校長だとしても、女子寮に長居するのは気が引ける。

生徒たちが朝食から戻ってくる前に事を済ませたかったスネイプは、マナー違反を承知で許可を待たずに部屋に入った。



『うぇぇ入ってきちゃダメですってばぁあ』



そう言って慌てるユイはベッドの中にいた。


(……風邪か)


妙な悪戯にひっかかったに違いないという予想は外れた。

そして怒りがフツフツと湧いてきた。

この馬鹿娘は、見た目だけ成長して中身は何も変わっていないのだ。



「医務室に行く判断くらい自分でしたまえこんなくだらんことで我輩の手を煩わせるな」

『そういうわけにもいかないんです!教授も今すぐ出ていってください!』

「出ていけとはずいぶんな物言いですな君が自ら部屋を出て医務室に行っていれば我輩は地下まで足を伸ばさず済んだのだ説明して頂こういったいどんな――特別な事情が、君をベッドに、しばりつけているのか……」

『インフルなんです!昔かかったことがあるからわかるんです!うつしたくないんです!』

「魔法薬学教授を目指す者が聞いて呆れる。熱で脳が溶けきる前に元気爆発薬を飲んできたまえ」



話しながら部屋の中を見回すスネイプの眉間には深くしわが刻まれていた。

枕元に置かれた本や燃え尽きた蝋燭……夜更かしの証拠品があちこちに見られる。

この様子だと風邪をひいた後もベッドで勉強をしていたのかもしれない。

今までも何度か思ったことだが、監督生として1人部屋を与えたのは間違いだったかもしれないと改めて思った。

ユイは、自分の体調に無頓着すぎる。



「早くしたまえ我輩は気が長い方ではない」

『ダメです隔離しておかないと来るべき時を待たずしてホグワーツが落ちちゃいます!』

「意味がわからん」



やりとりが面倒になったスネイプは、杖を振って布団ごとユイを部屋から連れ出した。

『せめてお姫様抱っこで!』と戯れ言を口にする余裕はあるようだが、その声にいつもの覇気はない。

抜け出そうともがくこともしないところからも、相当体調が悪いとみえる。



「――チッ」



談話室を出たところで階段方面から複数の靴音が聞こえ、スネイプは布団の中で呻き続けるユイを抱えて回れ右をした。




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