番外編
□[後日談]リセット
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どうやら自分はタイミングを間違えたらしい。
ガーゴイル像の裏にある螺旋階段を上り、この城の主の部屋を訪ねたユイは、瞬時にそう悟った。
「何の用だ」
ジロリ、と睨むスネイプの眼光が鋭い。
何かあったのだろうかと周囲を見回してみるものの、手紙や新聞といった、すぐにこれが原因とわかりそうなものは見当たらない。
「何の用だと聞いている」
スネイプは繰り返した。
その低い声と威圧的な言い方に、長居は無用だとユイは判断した。
『あ、えと、フィルチとの仕事の分担が決まったので報告に来たんですが、時間を改めます』
「その必要はない」
『え、でも、お忙しいんじゃ……』
「報告が、だ。どちらがやるかはさほど重要ではない。どうしても伝えておきたいのであれば書面にするか事前に約束を取り付けたまえ。我輩は暇ではない」
『は、はい』
今すぐ帰れとでも言わんばかりに背後のドアが勝手に開いたので、ユイは素直に校長室を後にした。
(なんかしでかしたかな?)
来た道を戻りながら、ユイは頭をひねった。
スネイプの表情は、隠し事を暴こうとしているときのものによく似ていた。
ユイが校長室を見回しているときも、探るような視線を感じた。
(変な噂を聞いたとか?)
昨日今日の自分の行動を振り返ってみても、スネイプを怒らせるようなことをした覚えはない。
となると、外部の人間がスネイプにあることないことを吹き込んだ可能性が高い。
(うーん……心当たりがありすぎてわからないわ……)
スネイプの機嫌を損ねることに慣れているだなんて笑えないが、事実である以上は仕方がない。
外的要因による一時的なものならそのうち機嫌が直るだろうし、ユイのせいなら嫌味を言うなどのヒントとなるアクションがあるはずだ。
ひとまず今のところは“触らぬ神に祟りなし”だと結論付け、ユイは仕事に戻った。
*
ユイの予想は外れ、3日経っても神は触れてはいけないオーラを放っていた。
といっても、通常業務に支障が出るほど近づきがたい雰囲気を出しているわけではない。
他の教員も含めて挨拶があればそっけなく返すし、生徒に対してもいつも通りに接している。
終始眉間にしわを寄せているわけでもない。
ただ、どことなくよそよそしいというか、近寄りがたいというか、無駄話を一切許さないという意思が感じられた。
(やっぱり私が原因か……)
寮の得点を示す砂時計のルビーの量があまり変わっていないことを知ったユイは、ただ機嫌が悪いわけではなく、ユイに個人的に思うことがあるのだと確信した。
しかし、何に対して怒っているのか見当がつかない。
こんなに静かな怒り方をするのも珍しい。
そのまま1週間が経ち、我慢できなくなったユイはスネイプに声をかけた。
『教授、すみません、私なにかしました?……よね?』
「校長」
『へ?』
「校長だ」
『どうしたんですか急に』
「それは我輩の台詞だ、ユイ。急を要する用事があるから声をかけたのではないのかね」
『最近教授の様子がおかしいので、どうしたのかなと――』
「……もう1度言わねばわからんか?」
『校長って呼んでほしかったんですか?そうならそうと早く言ってくれればいいのに』
「ユイ、我輩の不興を買いたくなければ言動には気をつけたまえ」
厳しい口調で言われ、ユイは何かがおかしいぞと思い始めた。
「で?用件は?」
『……あの』
「ないのであれば呼び止めるな」
『え、ちょ、ちょっと待ってください!謝ります!謝りますから!』
事務的で感情の伴わない言い方に危機感を覚え、慌てて呼び止めたものの、スネイプは黒くて長いマントを翻して去ってしまった。
それでもめげずに追い続けたが、スネイプが止まってくれることはなく、最終的にはガーゴイル像に行く手を阻まれた。
『嘘でしょ……?』
合言葉が変えられていることに気づき、ユイは愕然とした。
今までは合言葉を変更する前日に新しいものを教えてもらえていた。
それなのに、今回は何も聞かされていない。
「どうしたというのです?あんなに仲がよかったではないですか」
事情を聞き、マクゴナガルは驚いた。
ユイは自分も聞きたいと答えた。
『何か、私について言っていませんでした?』
「良いことも悪いことも、何も。最近あまり話していないのは喧嘩をしたのかと思っていました」
それとなく聞いてみると願い出てくれたマクゴナガルは、次の日、とんでもない情報を持ってきた。
『き、記憶喪失!?』
「そのようです」
『で、でも、私の名前や仕事は知っているようでしたし、日常生活では何も……』
「ええ、ですから本人に記憶が抜け落ちているという自覚はありません。ただ……」
『ただ?』
「いいですか、モチヅキ、気を強く持つのですよ。――セブルスは、あなたを“恋人”ではなく“教え子の1人”としてしか認識していないようです」
***