番外編

□[後日談]リセット
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嵐が去ったような厨房で、やかんがピーと鳴った。

その音を合図とするように、しもべ妖精たちが仕事を再開する。

数人がユイたちのために紅茶とお菓子を準備してくれた。

ユイはよからぬことを考えていそうなクィレルを座らせ、深呼吸を繰り返した。



『なんか、本当に錯乱の呪文をかけられている気分になりますね』



罰を受けなくてすむとは思わなかった。

そればかりか、褒められるようなことを言われるなんて、夢でも見ている気分だ。

“手に入れたくなる気持ちもわかる”の破壊力といったらない。

感情任せにならず助けてくれた場面も鼻血ものだ。

記憶喪失だと知ったときはもうダメかもと思ったが、新たな一面が見れるというサービスがついてくるなら、7年間でも頑張れるかもしれないと思えた。



「スネイプはもともと独りよがりで差別意識の強い男だ」

『あ、あれはあれでよくないですか……!?』

「……あれでいいなら都合がいいですね」

『すみませんやっぱりよくないです』

「これを期にあの男のことは忘れるのがあなたのためです。わざわざもう一度つらい道を行く必要はない」

『それはわかってるんですけどね……』



ユイは白い陶器のカップに手を伸ばし、琥珀色の液面に角砂糖をひとつ落とした。

同心円状の波紋ができ、底に落ちた砂糖がぐずぐずと崩れていく。

それが見えなくなるようにミルクを注ぎ、スプーンでいっきにかき混ぜながら、いっそ自分の記憶も消して、この数ヶ月をなかったことにすれば楽になれるのにとユイは思った。

目を覚ます直前に戻って、1人でひっそりと死の縁から生還すれば、スネイプが生きているということだけで喜べるはずだ。



『……あれ』

「どうしました?」

『すっごいことに気づいちゃいました』



言い方は軽かったが、ユイの顔はみるみるうちに青ざめていった。

頭に浮かんでいたのは、記憶の中の原作で読んだ一場面だ。

リリーが亡くなった後、ダンブルドアにハリー護衛の任務を言い渡される前。

スネイプは、「私も死にたい」と言っていなかったか――。



『え、あれ、どうしよう……私が今まで伝えてきたことって、どの程度……』



ハリーを護るために生き続けろと言われたスネイプが、敵と命令を失った状態で何を思うのか、ユイには想像がつかなかった。

だからこそ、ことあるごとに、いつまでも自分を責め続けるべきではない、人生は辛いことばかりではないと言ってきたつもりだった。

それをスネイプに伝えてくれた人は他にいただろうか。



「気づきましたか。もう7年などと悠長なことを言っている場合ではないと」

『それってどういう……』

「あの男に“生への執着”が生まれたのは、そこにあなたがいたからです」

『じゃあ、今って、まさか……』

「やめておきなさい。今度は腕輪をはめればいいというわけにはいかないのですから」



取り乱すユイとは違い、クィレルは落ち着き払っていた。

過去に戻るきっかけも共にこなす命がけの任務もない状況でできることは少ないと、冷静に現状を分析している。

話を聞いているうちに、ユイはクィレルの言う“つらい道”の真意を理解した。



『ありがとうございます!私ちょっと行ってきます!』



新たな一面だと素直な反応に喜んでいる場合ではなかったのだ。

ユイはこうしちゃいられないと厨房を飛び出してスネイプを追いかけた。



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