番外編
□[後日談]リセット
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タイミングよくクリスマス休暇が始まったことは、ユイにとっては救いだった。
受け入れがたい事実から目を背ける意味でも、受け入れるために気持ちを整理する意味でも、ユイにはスネイプと会わないですむ時間が必要だった。
ユイから事情を聞いたドラコたちは、最初のうちは性質の悪い冗談だろうと笑い飛ばしていた。
しかし、あまりにユイが動揺していたため、ルシウスがスネイプを呼び出し、あれこれ尋問のように問いただした。
その結果、次のようなことがわかった。
まず、スネイプが仕掛けた趣味の悪い嫌がらせではないということだ。
次に、やはりスネイプには記憶が抜けている自覚がまったくないということ。
質問されている間、なぜこんなことに答えなければならないのだと、終始不機嫌だった。
細かい部分まで突っ込んで聞けば、覚えていない出来事もあり、ところどころ虫食い状態ではあったが、全部が全部覚えていられるわけではないと言われたらそれもそうだとしか返せない。
ただ、その虫食いのあり方は、誰が見ても作為的なものが感じられる状態だった。
「どうなってんだあれ……」というドラコのセリフが、話を聞いたマルフォイ一家の共通の感想だった。
スネイプの記憶は、ユイに関わる部分だけがきれいに抜け落ちていたのだ。
しかも、スネイプの感情を左右するような部分だけ。
ユイがスリザリン生であったことや、魔法薬学が得意だったこと、ルシウスの養子になり、騎士団と死喰い人の両方の立場から戦っていたことは覚えている。
それなのに、誕生日プレゼントを贈ったことや、学生時代に会っていること、最終決戦での出来事などは覚えていない。
一緒に戦ったことですら、ダンブルドアの指示でやったことだと思い込んでいる。
だからスネイプはユイのことを“最も優秀な教え子”と称した。
記憶が失われたというよりは、感情が失われたというほうが正確に思えた。
『忘却術にしてはずいぶん気が利いてるわよね』
「ああ、時間も手間もかかりすぎる。というか不可能だろう。感情だけを消すなんて」
『そうよね。となると私たちが知らない呪いか、魔法薬か、物理的もしくは心理的な衝撃か――』
スネイプが帰ってから、ユイはルシウスのおかげではっきりしたことを1つ1つ書き出していた。
もう日付がまわっているが、記憶喚起と整合性の判断のためだと言ってドラコが付き合ってくれている。
「どうしてそんなに冷静でいられるんだ?」
『正確に分析するためには必要なことでしょ?』
「だからって……覚えてないんだぞ?ユイが先生のために何をしたかも、好きだってことも!」
ドラコが大声を出し、蜂蜜酒のグラスに映る暖炉の炎が揺れた。
飲みたいと言って持ってこさせたくせに、1時間経った今も手をつける気配がない。
ユイは羽ペンを脇に置き、『起こってしまったことを嘆いても仕方ないじゃん』と眉を下げた。
『私のことを全部忘れちゃったわけじゃないし――そうだドラコ聞いた?1番優秀な教え子だって!』
「そりゃそうだろう。ユイより優秀な生徒なんて、今後100年は現れないさ」
『あんなにストレートに言ってくれる日が来るなんて思わなかったわ!今までの教授だったら、調子に乗るからとかなんとか理由をつけて、めったに褒めてくれなかったのに!』
「この状況でそんな些細なことに喜べるユイの気が知れないな」
『いいことを見つけていかないとやってられないわよ』
力強く言い、メモをとった羊皮紙を持ってユイは立ち上がった。
『それに、よく考えてみたら、教授ってもともと他人を必要以上に近づけない人じゃない?そんな人を好きになって一方的に愛情を押し付けていたわけだから、私を好きじゃない状態に戻ったからって、私が気持ちや態度を変える必要はないのよ』
「……無理するなよ」
『心配しないで。1度は振り向いてもらえてるんだもん。もう1回心を開いてもらうまでよ』
「プラス思考にも程があるだろ」
『だてに7年間片思いしてないわ!』
リーマスに振られて落ち込むトンクスに、もう100万回アプローチしろと言ったのだ。
自分だってもう7年やるくらいの覚悟はある。
『でもまあ、とりあえずは症状をヒントに闇の魔術を探るところからね。ドラコも何か心当たりがあったら教えて』
「ああ……調べてみる」
遅くまでありがとうと言って出て行ったユイを、ドラコは複雑な気持ちで見つめた。
ドラコはユイの7年間を知っている。
スネイプの言動に一喜一憂して、うるさいほどにスネイプのことを語って。
報われないと知りながら捧げ続けてきたのは愛だけではない。
周囲の心配などおかまいなしに、時間も、自らの命すらも惜しみなくスネイプのために使っていた。
そんなユイだから、記憶くらいと言い出したのもわからなくはない。
「だからって、あんまりだろ……」
ようやく想いが通じてまだ1年も経っていないのに、よりによって愛情だけが抜け落ちるだなんてひどすぎる。
ドラコですらそう思うのだから、本人はもっとショックなはずだ。
それなのに平気そうな顔をしているのが、余計に痛々しくて見ていられなかった。
ドラコはユイのグラスを横に押しやり、羽ペンを手にとっていくつか人物名を書き出し始めた。
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