第一幕
□06.イエス・キリスト
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――由緒正しい有名な家に生まれた悩みってやつでね。
あのときのシリウスは、誇りを持っているようには見えなかった。
どちらかというと、苦痛を感じているようだった。
肩書きがどうとか、愛されていないとか、辛そうにしていた。
『……ブラック家も有名?』
急に声のトーンを落としたエメリーに、ダンブルドアと帽子が心配そうな顔を向ける。
「そうじゃの」と肯定したのはダンブルドアだった。
「聖28一族と呼ばれるイギリスの魔法界の旧家の1つじゃ」
『聖28一族……』
「昔からずっと続いている魔法使いの家系ということじゃな」
エメリーがよくわかっていなそうだったので、ダンブルドアは噛み砕いて説明し、「ブラック家は特に伝統ある純血一族だから王族のように言われることもある」とつけ加えた。
「シリウスに何か言われたのかの?」
『うん……有名な家に生まれると悩みがあるって……』
「ふむ」
「彼が家に反発しているだけのことでございます。お嬢様が気にすることではありません」
帽子は「組み分けのときからよくわかりました」と淡々とブラック家とシリウスのしがらみを話し始めた。
ダンブルドアがそれを手で制する。
「気になるのであれば、恐れず本人に聞くがよい。友人ならなおさらじゃ」
『そっか……そうだよね。悩みなら、勝手に聞いていい話じゃないよね』
「これはこれは、出すぎた真似をして申し訳ない」
帽子はうなだれた。
「エメリー、君はグリフィンドールの一族として生まれたことを気にしているのかの?」
ダンブルドアの質問に、エメリーは言葉を詰まらせる。
チラッと組み分け帽子の方を見て、遠慮がちに『そんなことないけど信じられなくて』と返した。
シリウスのように、代々続く一族の1人として家族に囲まれて育ったというならまだ納得できた。
しかし、自分は森に捨てられている。
あれから気になって何度か図書館に通っているが、グリフィンドールの一族の話どころか、ゴドリック・グリフィンドールに子どもがいたという話すら出てこない。
言い伝えられているゴドリックの見た目と自分の見た目に共通点もない。
ゴドリックとエメリーの間の1000年は空白だ。
子孫であると言っているのは、古びた歌い帽子のみ――。
信じろというほうが難しい話だった。
『1000年の間に何があったのか分からないし、正直、気味が悪いわ……自分は何者なんだろうって、いつも思うの』
うなだれるエメリーの頭をダンブルドアがそっと撫でる。
「エメリー、何者かというのを決めるのは他人ではない。自分がどういう者になりたいかを考えるのじゃ」
『うん……』
返事はしたものの、納得はしていなかった。
森で生まれ、人とは違う見た目で、特殊な能力を持って、唯一わかる血族は1000年前の人で――。
どれも、自分ではどうすることも出来ない問題だ。
(どういう者になりたいか?)
ダンブルドアの言葉を頭の中で反芻する。
楽しみだったクリスマスは、イエス・キリストの誕生日。
自分の誕生日は、わからない。
『私は、普通の人になりたい……』
普通に生まれ、普通の見た目で、何の能力もなく、有名な人の血を引いていない、ごく普通のありふれた人になるのは、もう無理な話だった。
→07.セブルス・スネイプ(前編)