番外編

□事件は地下牢教室で起きている!
2ページ/4ページ


「なぜそんなに落ち着いている……」



ユイが床にこぼれた薬品を片付け始めたのを見て、ようやくスネイプが口を開いた。

これでもかと眉間に刻まれた皺を見て、どうか跡が残りませんようにとユイはひそかに願った。



「事の重大さがわかっているのかね」

『わかってますよ。でも、なんか――ふふっ、私が教授のモノマネしてるみたいでおもしろいですね』

「馬鹿者が……」



スネイプは盛大にため息をついた。



「午後の授業がまだ残っているのですぞ。魔法薬学は午前中で終わりだから君はいいかもしれんが、我輩は――」

『いやいやいや!何言ってるんですか、教授!問題はそこじゃありませんよ!』



ユイは授業の心配をするスネイプに突っ込みをいれた。



『心配するならもっと根本的なところ考えてください!体が入れ替わってるんですよ?どうするんですか!お風呂とか!トイレとか!』

「!」



ユイが何を言わんとしているか、スネイプはようやく理解した。

みるみるうちに顔が青ざめていく。



『そりゃ、教授にとっては私はただの小娘でしょうから、なんとも思わないかもしれませんが!多感な時期の乙女としては――』

「待て」



スネイプは片手を上げてユイの言葉を制した。

険しい顔をした自分を高い位置から見下ろすというのは、なんとも不思議な気分だ。

幽体離脱をしたようで、あまりいい気はしない。


そんなことを考えている間に、コンコン、というドアをノックする音がした。

スネイプ(の体をしたユイ)と、ユイ(の体をしたスネイプ)は、互いの顔を見た。

背中を嫌な汗が伝う。



「ドラコ・マルフォイです。クディッチ競技場の使用許可を頂きたくて参りました――スネイプ先生?」



シーンとした部屋に、再びノックの音が響く。

先ほどまであれだけ騒いでいたのだから無理もないが、ドラコは中にスネイプがいることがわかっているようで、なかなか帰ろうとはしなかった。



『……サイン、するだけですか?』

「待て、何をする気だ」

『教授はそこで黙って立っていてください』



ユイは床からいくつかレパロしたばかりの瓶を拾い、スネイプに抱えさせた。

それから咳払いを1つして、眉間に力を込め、ドアの向こうへ向かって呼びかけた。



『ドラコか……入りたまえ』

「お取り込み中すみません」

『かまわん。なんの用だ?』

「クィディッチです。今週と来週なんですが、土曜の午前中に練習をしたいんです、先生。ですが、その日はちょうどメインフィールドをグリフィンドールに取られていまして……」

『よかろう。貸したまえ』

「ありがとうございます」



ドラコはニヤリと口元を上げ、羊皮紙をスネイプの姿をしたユイに差し出した。

ユイはそれを受け取り、スネイプの筆跡を思い出しながら羽根ペンを手にする。

ドキドキしながらインクにペン先を浸し、羊皮紙の上を滑らせる。


さすがサインをしなれているスネイプの体なだけあって、苦労せずにそれなりのサインを書くことができた。

ドラコはサインに不信感を示すことはなかったが、横に突っ立ったままのユイを見て首をかしげた。



「――ここで何してたんだ?」

「……」

「ユイ?用がないなら一緒に寮に戻るぞ。クラッブとゴイルが宿題できないってお前を探している」

『残念だが、Mr.マルフォイ』



ユイ(の体をしたスネイプ)の腕をつかんで連れて行こうとしたドラコを引きとめるため、ユイは頭をフル回転させた。



『Ms.モチヅキはたった今、我輩の棚をひっくり返し、貴重な薬を作り直す機会を我輩に与えてくれたのだ』

「ああ、それで騒がしかったんですね」



ドラコは1人納得したように頷いた。

みなまで言わずとも、これからユイに罰則が待っていることを察し、「では先生にもう1つお願いがあるのですが」とスネイプに向き直った。



「実は今朝、ゴイルが寝ぼけて部屋のドアを壊してしまいまして――」

『よかろう。今すぐ見に行く。――Ms.モチヅキ、我輩が戻ってくるまでに散らかした棚を元に戻しておきたまえ。もちろん、魔法の使用は禁じる』



ユイはなるべく嫌味っぽい声を出して言い、乱暴に部屋のドアを閉めた。



***
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ