番外編
□事件は地下牢教室で起きている!
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「なぜそんなに落ち着いている……」
ユイが床にこぼれた薬品を片付け始めたのを見て、ようやくスネイプが口を開いた。
これでもかと眉間に刻まれた皺を見て、どうか跡が残りませんようにとユイはひそかに願った。
「事の重大さがわかっているのかね」
『わかってますよ。でも、なんか――ふふっ、私が教授のモノマネしてるみたいでおもしろいですね』
「馬鹿者が……」
スネイプは盛大にため息をついた。
「午後の授業がまだ残っているのですぞ。魔法薬学は午前中で終わりだから君はいいかもしれんが、我輩は――」
『いやいやいや!何言ってるんですか、教授!問題はそこじゃありませんよ!』
ユイは授業の心配をするスネイプに突っ込みをいれた。
『心配するならもっと根本的なところ考えてください!体が入れ替わってるんですよ?どうするんですか!お風呂とか!トイレとか!』
「!」
ユイが何を言わんとしているか、スネイプはようやく理解した。
みるみるうちに顔が青ざめていく。
『そりゃ、教授にとっては私はただの小娘でしょうから、なんとも思わないかもしれませんが!多感な時期の乙女としては――』
「待て」
スネイプは片手を上げてユイの言葉を制した。
険しい顔をした自分を高い位置から見下ろすというのは、なんとも不思議な気分だ。
幽体離脱をしたようで、あまりいい気はしない。
そんなことを考えている間に、コンコン、というドアをノックする音がした。
スネイプ(の体をしたユイ)と、ユイ(の体をしたスネイプ)は、互いの顔を見た。
背中を嫌な汗が伝う。
「ドラコ・マルフォイです。クディッチ競技場の使用許可を頂きたくて参りました――スネイプ先生?」
シーンとした部屋に、再びノックの音が響く。
先ほどまであれだけ騒いでいたのだから無理もないが、ドラコは中にスネイプがいることがわかっているようで、なかなか帰ろうとはしなかった。
『……サイン、するだけですか?』
「待て、何をする気だ」
『教授はそこで黙って立っていてください』
ユイは床からいくつかレパロしたばかりの瓶を拾い、スネイプに抱えさせた。
それから咳払いを1つして、眉間に力を込め、ドアの向こうへ向かって呼びかけた。
『ドラコか……入りたまえ』
「お取り込み中すみません」
『かまわん。なんの用だ?』
「クィディッチです。今週と来週なんですが、土曜の午前中に練習をしたいんです、先生。ですが、その日はちょうどメインフィールドをグリフィンドールに取られていまして……」
『よかろう。貸したまえ』
「ありがとうございます」
ドラコはニヤリと口元を上げ、羊皮紙をスネイプの姿をしたユイに差し出した。
ユイはそれを受け取り、スネイプの筆跡を思い出しながら羽根ペンを手にする。
ドキドキしながらインクにペン先を浸し、羊皮紙の上を滑らせる。
さすがサインをしなれているスネイプの体なだけあって、苦労せずにそれなりのサインを書くことができた。
ドラコはサインに不信感を示すことはなかったが、横に突っ立ったままのユイを見て首をかしげた。
「――ここで何してたんだ?」
「……」
「ユイ?用がないなら一緒に寮に戻るぞ。クラッブとゴイルが宿題できないってお前を探している」
『残念だが、Mr.マルフォイ』
ユイ(の体をしたスネイプ)の腕をつかんで連れて行こうとしたドラコを引きとめるため、ユイは頭をフル回転させた。
『Ms.モチヅキはたった今、我輩の棚をひっくり返し、貴重な薬を作り直す機会を我輩に与えてくれたのだ』
「ああ、それで騒がしかったんですね」
ドラコは1人納得したように頷いた。
みなまで言わずとも、これからユイに罰則が待っていることを察し、「では先生にもう1つお願いがあるのですが」とスネイプに向き直った。
「実は今朝、ゴイルが寝ぼけて部屋のドアを壊してしまいまして――」
『よかろう。今すぐ見に行く。――Ms.モチヅキ、我輩が戻ってくるまでに散らかした棚を元に戻しておきたまえ。もちろん、魔法の使用は禁じる』
ユイはなるべく嫌味っぽい声を出して言い、乱暴に部屋のドアを閉めた。
***