炎のゴブレット

□10日目
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校長室であれだけ泣いたのに、まだ涙が残っているとは驚きだ。

スネイプに抱きしめられて、ユイの涙はよりいっそう止まらなくなった。


スネイプが子供のころから暗くて冷たくて陰湿だったなんて嘘だ。

グリフィンドールの立場から見ているから、そう思われていただけだ。

スリザリン特有の、身内に甘く他人に厳しい傾向が色濃く出ていただけに過ぎない。


それをいっさい人前で見せないようになったのが、これから数年のうちに起こるいくつもの出来事のせいだと思うと、やるせない気持ちになる。



「ダンブルドアに何か言われたのか?」



恐る恐る尋ねるスネイプに、ユイはかぶりを振って答える。

このままではスネイプに迷惑をかけるだけだ。

ぎゅっと強く目を閉じてスネイプの胸板を押し、ユイは一歩後ろに下がった。




『すみませんでした』

「だから、泣くな謝るなって何回言わせる気だ」

『もう泣きません』



ユイは腫れた目を擦って顔を上げた。

まっすぐにスネイプの目を見つめ、『これで最後にします』と宣言する。

闇に溶け込む色を纏ったユイの目がキラリと光った。

それは涙によるものではなく、瞳の奥から輝いているように見え、スネイプは思わず息をのんだ。



『強くなります』



ユイは、何度も誓ってきたことを、改めて口にした。

自分の中の負の感情に負けないように、ダンブルドアの期待を裏切らないように、ただひたすら前を向いて進みたい。



『約束します』



ユイは小指を立ててスネイプに笑ってみせた。



***



わけがわからないまま小指を絡め取られ、針を飲ませる約束を取り付けられたスネイプは、すっかり元の調子に戻ったユイを横目で見た。

さきほどまで泣きじゃくっていたとは思えないテンションで、宙を眺めて『流れ星こーい』と叫んでいる。



『スネイプ先輩も探しましょうよ』

「興味ない」

『お願い事ないんですか?恋が叶いますようにとか』

「バカバカしい」



星に願った程度で叶うわけないだろと投げやりに言うと、ユイは少し寂しそうな顔をした。



『私、本当はここの生徒じゃないんです』



スネイプの方に顔を向けたユイに、スネイプは「知ってる」と小さな声で返した。

もし仮に、本当に流れ星が願いを叶えてくれるのだとしたら、ユイがいなくなりませんようにと願うだろう。



「もしユイがホグワーツの生徒だったなら、もっと早く気づいていたはずだ」

『あら、私ってそんなに印象的でした?』

「魔法薬学に興味を持つ生徒なんてそういないからな……友達に、なりたかったんだ」



“ただの知り合い”とリリーに言った後、ユイの姿が見えなくなって、ずっと後悔していた。

夏学期が始まったらきっと会えなくなる。

だから、次に会うことができたら絶対に言おうと思っていた。



「その……僕と、友達になってくれないか」



友達になれば、会えなくなっても繋がりは切れない気がする。

今まで言ったことがないセリフを、勇気を振り絞って言った。

ユイはとても嬉しそうな顔をしたが、口から出た言葉は『無理ですよ』だった。



『私は先生の生徒ですから』

「は?」



闇の魔術を教えると言ったし、何度か“先生”と呼ばれることもあったが、冗談だとばかり思っていたスネイプは、開いた口が塞がらなかった。

たったあれだけのことで立場が決まってしまうことなどあるのだろうか。

どう考えても断る口実にしか聞こえない。



「やっぱり僕なんか……」

『そうじゃなくて――私ね、未来から来たんですよ』

「……」

『だから、私と先輩は、実は生徒と先生なんです。だから友達は……あ、でも恋人ならなれますね!』



どうして友達はダメで恋人はOKなんだ。

いや、それより未来ってどういうことだ?

会えなくなるどころか、手紙のやりとりすらできないではないか。



(……やっぱり流れ星に願ったって無駄じゃないか)



***
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