炎のゴブレット

□【過去編】1日目
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(うわ、杖どっかいっちゃった……)


手首の手形と印を隠そうとカバンから包帯を取り出し、ユイは杖を持っていないことに気づいた。


(迷路の中と墓場かな?)


そのうち見つかるだろうから、それほど深刻な事態ではないが、とりあえず不便だ。

現に今、包帯がうまく巻けない。

魔法に頼った生活をしていると、普通のことが億劫になってしまう。

こうやって片付けの罰則を嫌がる生徒が増えていくのだろう。


(って、そんなこと今はどうでもいいか)


城に入る前にドアの装飾に片方を引っ掛けて、なんとか不恰好だが手首を覆うことには成功した。

ユイはローブの袖を戻し、地下へ向かった。


スネイプの私室を訪ねてみるが、ノックをしても返事はない。

その足で談話室に行こうとし、合言葉が通じないところでまず変だなと思った。

そして、誰かに聞いてみようと階段を上って大広間へ行き、そこで明らかにおかしいことに気づいた。


(え、ちょ、どういうこと?)


大広間には、ボーバトンの生徒もダームストラングの生徒もいなかった。

それどころか、まばらに座っている生徒は、どの顔も見たことがない。

教職員席についている先生方も、ユイのよく知っているメンバーではなかった。


(あれってもしかして……スラグホーン……?)


テーブルの隅に座っている人物を見て、ユイは固まった。

スラグホーンがいるということは、あれから2年経ったか、20年程前に戻ったかのどちらかだ。

見た目から察するに、後者の可能性が非常に高い。

姿くらましをした衝撃で、空間どころか時空まで越えてしまったのだろうか。


(おおお、おちつくのよ私!)


そんな馬鹿なことがあるかと、ユイは右手と右足を同時に出しながらスリザリンのテーブルへ向かった。


(げ、現状把握、現状把握っ)


ユイは知らない生徒達の中に座り、カボチャジュースを飲んで一息ついた。

周りに座っている数名に視線を飛ばすが、やはりいつものメンバーは見つからない。

何人かと目があったが、ユイがスリザリンのローブを着ていることもあって、特に怪しまれたり何か言われたりすることはなかった。


(まあ、寮生全員の顔と名前を把握している人は少ないだろうしね……)


自分とは違う学年の目立たない生徒だと思えば、大して気にも留めないのだろう。

思い切って近くの人に『今日は人が少ないね』と声をかけてみると、「イースター休暇だからな」と返ってきた。



『そっか、休暇中なの――ぶっ!』

「――っな!」



ついでに今が何年なのかさりげない会話の中で聞き出そうとしたユイは、なんの話題がいいか考えながらその人のことを観察し、カボチャジュースを吹き出した。

突然飛んできたオレンジ色の液体に驚愕して、少年がガタンと立ち上がる。



「何するんだ!」

『す、スネっ……先……っ子セブ!?』



「は?」と聞き返す少年の眉間の皺は、紛うことなきスネイプ教授のそれだ。

ユイが指を指して口をパクパクしたまま言葉を発しないのを見て、少年は舌打ちをして、ますます眉根を寄せた。



『す、すみませんでした!』



イライラを全面に押し出し杖を振って汚れを取り除く姿を見て、ユイはついいつもの癖で立ち上がり、ガバッと頭を下げた。

何事だ?と数人が振り返った。

大きな声を出したせいで注目されてしまい、気まずい空気が流れる。



「……」



スネイプは無言でユイを睨みつけた。

教授顔負けの不機嫌オーラを撒き散らしている。

あまりのことに頭がついていかずにユイがしどろもどろしている間に、スネイプは「フン」と鼻を鳴らして大広間から出て行った。



『あ、待って!――わっ』



慌てて立った拍子に、残りのカボチャジュースもこぼしてしまう。


(ああもうっ、踏んだり蹴ったりだわ!)


杖がないために魔法が使えないユイは、泣く泣くローブの袖口で机を拭きながら、今しがた見た光景を頭の中でリピートさせた。


(今の本当に子セブ!?――ってことは、ここは過去確定?親世代トリップ?何なに!?どういうこと!?)
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