アズカバンの囚人
□17.守護霊
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ユイは悩んだ。
ハーマイオニーを手伝ってあげたい。
ルシウスに頼めば――もちろん交換条件は出されるだろうが――引いてくれる可能性もある。
(だけど……)
バックビークが処刑される展開は、ハリー達が叫びの屋敷にいき、シリウスに出会い、1人と1匹を助けるために時を遡る場面に続く3巻のクライマックスだ。
処刑が行われなかった場合に起こる弊害はないか、ユイは慎重に考えた。
(3人はここに来なくなるから……スキャバーズがロンの手に戻らなくなるわね)
今まで考えてもみなかった路線だが、これはかえって好都合かもしれないとユイは思った。
ハリーが真実を知り、シリウスと和解する機会ならピーターがつかまることで得ることができる。
ユイが1人でピーターを捕まえに行けば、リーマスもみんなの前で狼に変身しなくてすむ。
いいことだらけだ。
だからこそ逆に怖かった。
ルシウスの交換条件もさることながら、やはり“物語を大きく変えること”に対する抵抗が一番大きい。
今年の作戦がうまくいけば、来年以降は未知の世界になる。
ヴォルデモートがどう出るか、全く読めない。
(それでも――)
『やるわ』
ユイは立ち上がり、顔をあげて窓の外を見た。
灰色の空の隙間から差し込む太陽の光が、空気中の水蒸気を銀色に染め上げている。
『私、マルフォイさんに手紙を書いてみる』
変えることを恐れていたのでは、いつまでたっても前へ進めない。
私だけが知っている未来から、私が目を背けてはいけない。
飛んでくる雪に向かって手を出すと、室内で温まったユイに触れ、音もなく消えた。
指先に感じたわずかな冷たさとは対照的に、胸の奥が熱くなるのを感じる。
「ユイ……?」
真面目な顔をして無言で窓辺へ移動したかと思ったら、手に雪を受けて口の端をわずかに上げるユイの様子を見てハーマイオニーが不安げに声をかける。
振り返ったユイの笑顔と背後で輝く結晶に、ハーマイオニーとハグリッドは畏怖の念を感じ顔を見合わせた。
「おまえさん、何を考えちょる?」
『この戦い、どう弁護するかよりも、どうルシウス・マルフォイをおとなしくさせるかが勝負の分かれ目よ。私、幸いなことにマルフォイさんには良くして頂いているから――』
「直訴しようって言うの!?」
『私は大丈夫ですって言って、ドラコも大半は仮病ですって言ってみるわ』
「本当にそれだけか?無理だけはしちゃんねぇぞ!」
『大丈夫よハグリット。ハーマイオニーこそ、自分ひとりで抱え込んじゃ駄目よ』
さりげなくクルックシャンクスとスキャバーズの件を聞いてみると、仲は悪いようだが大事には至っていないようだということがわかった。
シリウスがユイの願いを聞いてくれているようで一安心だ。
『じゃあ私、さっそく手紙を送ってくるわね』
「ユイ!あの、私、そんなつもりじゃ……」
『大丈夫よハーマイオニー。私もあなたと同じ気持ちよ』
対象は違えど、大切な者たちを守るために必死になっている。
ユイは笑顔で2人に手を振り、ハグリッドの小屋の分厚い木のドアを開けて銀世界へ飛びだした。
***