アズカバンの囚人
□10.脱獄犯
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現れた脱獄犯に太った婦人は脅えた。
犬には気づいていなかったらしく、どうやって入ったんだと震える声で尋ねている。
シリウスは婦人の問いを無視し、中に入れるよう凄んだ。
「ひっ……合言葉は?」
「……忘れた。急いでるんだ。開けてくれ」
「あ、合言葉は?」
「んなもん知らねぇよ!いいから痛い目見たくなかったら開けろ!」
『ダメよシリウス』
「「!!」」
突然絵画とシリウスの間に姿を現した金髪の女性に2人は驚き息をのむ。
悲鳴をあげる太った婦人は無視し、ユイはシリウスの手をとった。
『ついてきて』
「離せ!」
『静かに。見つかるわ』
シリウスは逃げようと暴れたが、長い獄中生活と逃走の日々により細くやせ衰え、力強いユイの手を振り払うことはできなかった。
ユイは問答無用でシリウスを半ば引きずるように階段を下りた。
「くそっ、離せ!じゃないと――」
『無駄よ。こっちには杖があるもの』
「チッ、俺はまだ捕まるわけには――」
『分かってる』
シリウスのセリフにかぶせ気味に答えながら、ユイは秘密の通路へと身を隠す。
『信じてっていうのは無理があると思うけど……でもお願い、今は私の言うとおりにして。あなたの無実を証明したいの』
「そんなうまい話、信じると思うか?」
『犯人はピーター・ぺティグリュー……でしょ?』
「なぜそれを!?」
『話はあと。いいからついてきて』
声をひそめて会話をしながら、昼間歩いた廊下をずんずん進んでいく。
外に出る前に犬に変身するよう言うと、シリウスは素直に従った。
*
ユイはシリウスを塔に押し込み、早口で塔の中の説明をする。
痩せこけたシリウスは、青白い月明かりの中でより一層衰弱して見えた。
『食事はこの棚の中にあるわ。』
「……」
『なるべく毎日届けに来るから、ここから出ちゃダメよ』
「……」
『でも、今夜だけは食べたらすぐにホグワーツを離れて』
「……」
シリウスは警戒を解くことなくユイと一定の距離をとって身構えている。
最初さんざんわめいていたシリウスは、ピーターの名前が出た後は口を閉ざしていた。
途中で薬の効果が切れ、ユイの背が縮んだときも驚きの声をあげただけで深く追求することはなかった。
むやみに明かりをつけないこと、ホグワーツの城内には絶対に入らないことなど一通りの注意事項を言い終わったユイが、最後に質問は無いか尋ねると、やっと口を開いた。
「それで、お前は何者だ? 」
『ユイ・モチヅキ。ホグワーツの生徒よ』