アズカバンの囚人
□09.脱狼薬
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「ああそうだ、ユイは残ってくれるかな。この前のレポートについて少し話があるんだ」
『はいっ。ごめんハリー、またね』
教室のドアを閉めようとしたその時、リーマスはユイを呼び止めた。
リーマスはどうしても先程のユイの視線とスネイプのセリフが気になっていた。
「せっかく2人で過ごしていたときに悪いね」
『いえ、偶然一緒になっただけなので全然!』
なんでしょうとニコニコしながら机の前に立つユイに、どう切り出そうかとリーマスは悩んだ。
いきなりこの薬がなんだか分かる?とはさすがに聞けない。
知らなかった場合、逆に聞き返されるだろう。
「……河童にきゅうりをあげればおとなしくなるっていうのは本当かな?」
『ぶっ』
まずは当たり障りない会話からと思い、前回のレポートで気になった点を聞いてみるとユイは噴き出した。
「何か変なことを聞いたかな?日本のことだから、私よりもユイのほうが詳しいかもと思ったんだけど……」
『いえ、すみません……ちょっとふざけて書いただけなので……ふふっ、そこまで真剣に聞かれると困っちゃいます』
日本では河童の好物はきゅうりだって言われているということと、実際に試したわけではないから効果はわからないとユイは笑いながら話した。
こうやって笑う姿を見ていると、やはりスリザリンの生徒には見えない。
(不思議な子だ……)
大人でも気づかないような鋭い質問をしたかと思えば、こうやって無邪気に笑う。
たまに見せる真っ直ぐな視線は、何か大きな覚悟を秘めているように思われる。
さきほどゴブレットを見ていたときの視線は、まさしくそれだった。
差し障りない話をいくつか交わしてから、リーマスはゴブレットをユイに渡した。
「セブルスに返しておいてもらえるかな?」
『あ、はい。わかりました』
「ユイは魔法薬学が得意なんだって?」
『はい』
「いつか、この薬も作れるようになるといいね」
『……はい!』
笑顔でリーマスは勉強を頑張るよう応援したが、目だけは探るような鋭い眼をしていた。
(セブルスは明日ユイに届けさせるって言った……)
あの男が何も知らない生徒に貴重な薬を持ってこさせるとは考えにくい。
そもそも脱狼薬に限らず、セブルスが他の人に――しかも生徒に――罰則意外で何かをやらせたり頼んだりするというのが信じられない。
どうしても裏があるとしか思えなかった。
『ありがとうございます。私が薬を大量に作れるようになったら、砂糖の代わりに甘くできるものはないかいろいろ実験してみますね』
「そうしてくれると助かるよ」
きっとそんな日は来ない。
この薬がなんの薬か分かった地点で、ユイは僕に関わることをやめてしまうだろう。
(セブルス、まさか――)
勉強熱心なユイのことだ。
薬を持っていくように頼めば、何の薬なのかを知ろうとするだろう。
そして、彼女ならきっと答えにたどり着く。
(気づかせるのが狙いか?)
その考えを否定することができず、思わず息が漏れた。
自分では言えないから、他の人に気づかせてバラさせる気だとしか考えられない。
(セブルス、いくら自分のお気に入りだからってそれはやりすぎだよ)
様子を見ていれば、彼がユイを特別視していることはなんとなくわかる。
ユイがここに来ることを快く思っていないことも――。
『先生?』
ついつい険しい顔になってしまったところをユイが覗き込む。
「いや、なんでもない。引きとめてしまって悪かったね」
『いえいえ。ではまた明日!』
ゴブレットを振ってユイが出て行ってから、リーマスはしばらくその場で考え込んだ。
(疑いすぎはよくない……)
着任が決まったとき、彼は猛反対していたが、それでも最終的には薬を煎じてサポートしてくれている。
それを今更、学期の途中でバラすとは考えにくい。
(じゃあなんで――?)
ユイは知ってるのか?
僕が人狼だと言うことを。
それを遠まわしに僕に伝えようとした?
(いくらなんでもそれはないだろう)
もし僕が人狼であることを知っていたら、ユイは僕を避けようとするはずだ。
だけど、初めて会ったときから今まで、ユイの態度には恐怖や哀れみと言うものは一切感じなかった。
(明日、か……)
いずれにせよ、明日になればはっきりすることだ。
リーマスは考えることをやめ、羽ペンを手にとった。
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