秘密の部屋
□08.幽かな声
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(最低……)
みぞの鏡をのぞいた時から自分は何も変わっていない。
過去に縛られて、どうすることもできない事実を、どうにかしようともがいて、そのせいで、人を傷つけている。
自分が余計なことをしなければ、スネイプは過去を思い出して再び自分を責めることはなかった。
何も言わないが、先日の動揺を見ればバカでも気づく。
彼は今でも悔いていて、現在もなお“穢れた血”という言葉が持つ呪詛に苦しめられている。
いきなり現れた自分が口を出せるようなものではないことなど十分承知していたのに、自己満足のためにスネイプを巻き込んでしまった。
(穢れているのは、私の心――)
ドラコがハーマイオニーに対して言うことを止められれば、何かが変わるとでも思っていたのだろうか。
変わるはずなんてないことは、よく分かっていたのに。
止められたところで、それは文字通りただの自己満足。
「モチヅキ」
その声で、名前を呼ばれること自体が奇跡なのに、どうにかしたいなど高望みするにもほどがある。
自分は、優しくされる資格などない。
「顔を上げたまえ、Ms.モチヅキ」
後頭部におかれていた大きな手が下ろされる。
ユイはふるふると頭をふりスネイプのローブに押し付けた。
(ごめんなさい――)
迷惑だと分かっていても、どうにかしたいと思う気持ちを止められない。
再び同じ状況に陥ったら、きっとまた自分は同じことをするだろう。
これからも、余計なことに首をつっこみ傷つけてしまうことがあるに違いない。
(それでも、放っておけない――)
『迷惑かけて、ごめんなさい』
(受け入れてくれるあなたの優しさに、甘えてしまって)
『ごめんなさい……』
***
「馬鹿者……」
初めてユイがスネイプの前で涙を見せたときもそうだった。
他人のために行動し、他人のことを思い泣いていた。
(放っておけばよいものを……)
こんな小さな体で、どれだけ大きなものを背負おうとしているのだろうか。
スネイプは先日ユイに話を聞いたとき、競技場で何がおこるのか予想はついていた。
てっとりばやいのは、グリフィンドールが予約をしていた日に特別使用許可を出さないことだが、スネイプはそれを分かっていてしなかった。
言い合いなど勝手にさせておけばいいと思ったからだ。
状況から察するに、“穢れた血”という言葉を発するのはスリザリンの新しいシーカーであるドラコ・マルフォイ。
相手はおそらく、グリフィンドールのシーカーであるハリー・ポッターと仲がいい、マグルのハーマイオニー・グレンジャー。
スリザリンとグリフィンドール――純血とマグル――の確執を考えれば、よくある発言であり、よく起こる対立だ。
自分には関係のないことだ、と思ったから。
(いや……違うな)
スネイプが許可証を書いたのは、ユイが止めてくれることを心のどこかで期待していたからだった。
ドラコとハーマイオニーは幼馴染でもなければ、お世辞にも友達といえる仲でもない。
それなのになぜ、自分の状況を重ねたのかスネイプは未だに理解できていなかった。
(あの時、止めてくれる人がいたら、など……)
取り返しのつかない過去が、何か少しでも変わるような気がしたなど、我ながら馬鹿げていることを考えたものだ。
スネイプは大きくため息をつき、既に泣き止んでいると思われるユイの両肩に手を置いた。